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今朝も暗い内にイナリーズに行き、朝日を圧縮させたバレルに包まれた。
乗ったのはAVISO RNF。
選んだ理由は折れないから。
帰ってきて、感謝祭で両親の家に遊びに来ていたシェーン&ギャビン・ベッシェンに会いに行き、彼らとここの波話。
ギャビンは6ftイナリーズでワイプアウトし、海面に上がらず溺れそうになったことがあるという。
ここの恐ろしさを身を持って知っている俺は、彼でもそうなのかぁ、と改めてイナリーズの凄さを思い知った。
シェーンは昨日ロッキーライトに俺と同じRNFで入ったそうで、「RNFは5~6ftでも機能することを証明したぜ」と目を輝かせていた。
それに「ロッキーには誰も入っていなかった」と付け加えていたから、ほとんどクローズアウトしていたのだろう。
やはり世界トップのサーファーはすごいなあ。
閑話休題。
最近、明治文学に目覚めた。
当時、文藝大将だった森鴎外から始まり、昨日からはまっているのは樋口一葉。
何事も試さねばならない性分だから、今朝の様子を彼女の文体で書いてみた。
「世にたのまれぬを男心といふ、それよ秋の空の朝日にはかに掻きくもりて、荒くれ野海に横しぶきの難義さ、出あひし物はみな其樣に申せども是れみな時のはづみぞかし、波こえよとて上の稲荷山ちぎれるもなく、男傾城(けいせい)ならぬ身の空涙こぼして何に成るべきや、昨日あはれと見しは昨日のあはれ、今日の我が身に爲す業しげゝれば、忘るゝとなしに忘れて一生は夢の如し、露の世といへばほろりとせしもの、はかないの上なしなり」
旧仮名遣いはむずかしいね。
ちんぷんかんぷんでござる。
昨日、24歳でその短い生涯を閉じた彼女の命日ということを知り、なんか魂に引き寄せられた気がした。
さらにーー彼女の命日にーー撮った写真をチェックしていると、この波がしっかりと焼き付いていた。
俺にとって、この作品から強い「樋口一葉」を感じる。
死後111年経って、彼女の魂はまだ輝いている。
(追記)
そろそろ作品も集まってきたので、『nakiphoto2007・プリントコレクション』をサイト内で販売しようと思います。
第一弾はこの作品とします。
Thanksgiving Day 2006
サイズは
Lサイズ(89mmx127mm)
六切サイズ(203mm×254mm)
四切サイズ(254mm×305mm)
の三種類です。
気になるお値段ですが、多くの方にお分けられるように、少しでも安くできるように、最高品質のプリント屋を調べていますのでお待ちください。
乗ったのはAVISO RNF。
選んだ理由は折れないから。
帰ってきて、感謝祭で両親の家に遊びに来ていたシェーン&ギャビン・ベッシェンに会いに行き、彼らとここの波話。
ギャビンは6ftイナリーズでワイプアウトし、海面に上がらず溺れそうになったことがあるという。
ここの恐ろしさを身を持って知っている俺は、彼でもそうなのかぁ、と改めてイナリーズの凄さを思い知った。
シェーンは昨日ロッキーライトに俺と同じRNFで入ったそうで、「RNFは5~6ftでも機能することを証明したぜ」と目を輝かせていた。
それに「ロッキーには誰も入っていなかった」と付け加えていたから、ほとんどクローズアウトしていたのだろう。
やはり世界トップのサーファーはすごいなあ。
閑話休題。
最近、明治文学に目覚めた。
当時、文藝大将だった森鴎外から始まり、昨日からはまっているのは樋口一葉。
何事も試さねばならない性分だから、今朝の様子を彼女の文体で書いてみた。
「世にたのまれぬを男心といふ、それよ秋の空の朝日にはかに掻きくもりて、荒くれ野海に横しぶきの難義さ、出あひし物はみな其樣に申せども是れみな時のはづみぞかし、波こえよとて上の稲荷山ちぎれるもなく、男傾城(けいせい)ならぬ身の空涙こぼして何に成るべきや、昨日あはれと見しは昨日のあはれ、今日の我が身に爲す業しげゝれば、忘るゝとなしに忘れて一生は夢の如し、露の世といへばほろりとせしもの、はかないの上なしなり」
旧仮名遣いはむずかしいね。
ちんぷんかんぷんでござる。
昨日、24歳でその短い生涯を閉じた彼女の命日ということを知り、なんか魂に引き寄せられた気がした。
さらにーー彼女の命日にーー撮った写真をチェックしていると、この波がしっかりと焼き付いていた。
俺にとって、この作品から強い「樋口一葉」を感じる。
死後111年経って、彼女の魂はまだ輝いている。
(追記)
そろそろ作品も集まってきたので、『nakiphoto2007・プリントコレクション』をサイト内で販売しようと思います。
第一弾はこの作品とします。
Thanksgiving Day 2006
サイズは
Lサイズ(89mmx127mm)
六切サイズ(203mm×254mm)
四切サイズ(254mm×305mm)
の三種類です。
気になるお値段ですが、多くの方にお分けられるように、少しでも安くできるように、最高品質のプリント屋を調べていますのでお待ちください。
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ジャック・ケウアック(Jack Kerouac 1922-1969)の
「BELIEF & TECHNIQUE FOR MODERN PROSE 現代文章の技術と信条」
という言葉群に出会った。
その中に、
Write in recollection and amazement for yourself
(驚きと記憶を持ち、自分のために書け)
とある。
先日とおるさんからのアタッチメントで、ベン・ハーパー(以下ベンちゃん)が彼にとっての神様であるフィル・ジャクソン(NBAレイカース監督)に初めて会った時の感想を語っているTV番組を見た。
「君は誰のだめに音楽をやっているのかね?」と監督。
「はい?」ベンちゃん
「音楽はファンのために演じているのか、それとも...」監督
「それは自分のために作り、演じています」ベンちゃん
「良かった。それなら君はずっと音楽を続けていられるだろうね」監督
こんなやりとりがあって、俺は誰のために写真を撮っているのかを自問してみた。
無論答えは「己のため」である。
今朝も深夜からごそごそと水中ハウジングのカメラを組み、ウエットと足ヒレを車の後ろに入れて、北西のイナリーズまでハイウエイ50号線を走らせた。
感謝祭の朝は車もほとんど走ってなく、夜明け前の空が白みはじめる前に到着した。
貿易風を背中に受けて、目を凝らして沖を見ていると、やがて北からと西北西の混合うねりだということがわかった。
見渡す限り誰もいない世界。
ショアブレイクで小魚が跳ね、弱い波紋を作った。
カメラを持ち、足ヒレをつけ、ゆっくりとゆっくりと海に浸り、泡と砂の塊であるショアブレイクを越えた。
少し大きな波が来たので波の下に潜ると、「ジャワー」といつもの海のおとがした。
毎日のように聞いているのに懐かしくなる音だ。
海からの誘いなのだろう。
沖に出て薄暗い海面に漂いながら、暗蒼な空の色を見ていた。
隆起するうねりが通り過ぎていくと、重力が変わるのか、心地よい浮遊感覚が起きる。
ずいぶん経って大きなうねりが来た。
闇を開くように壁は炸裂し、一瞬その宇宙的な内側を見せ、崩れ通り過ぎていった。
それは誰にも触れられていない無垢な波のクライマックスだった。
選ばれた真の波。
そこからのメッセージを知ることはできなかったが、暗闇の閃光のように俺の瞼に焼き付いた。
どの波とも違って、深く強く印象的だった。
オフィスに戻ってきて、ファイルをアップロードしRAW現像すると、その閃光が柔らかく焼き付いていた。
海の魂を分けてもらったような気がする。
「BELIEF & TECHNIQUE FOR MODERN PROSE 現代文章の技術と信条」
という言葉群に出会った。
その中に、
Write in recollection and amazement for yourself
(驚きと記憶を持ち、自分のために書け)
とある。
先日とおるさんからのアタッチメントで、ベン・ハーパー(以下ベンちゃん)が彼にとっての神様であるフィル・ジャクソン(NBAレイカース監督)に初めて会った時の感想を語っているTV番組を見た。
「君は誰のだめに音楽をやっているのかね?」と監督。
「はい?」ベンちゃん
「音楽はファンのために演じているのか、それとも...」監督
「それは自分のために作り、演じています」ベンちゃん
「良かった。それなら君はずっと音楽を続けていられるだろうね」監督
こんなやりとりがあって、俺は誰のために写真を撮っているのかを自問してみた。
無論答えは「己のため」である。
今朝も深夜からごそごそと水中ハウジングのカメラを組み、ウエットと足ヒレを車の後ろに入れて、北西のイナリーズまでハイウエイ50号線を走らせた。
感謝祭の朝は車もほとんど走ってなく、夜明け前の空が白みはじめる前に到着した。
貿易風を背中に受けて、目を凝らして沖を見ていると、やがて北からと西北西の混合うねりだということがわかった。
見渡す限り誰もいない世界。
ショアブレイクで小魚が跳ね、弱い波紋を作った。
カメラを持ち、足ヒレをつけ、ゆっくりとゆっくりと海に浸り、泡と砂の塊であるショアブレイクを越えた。
少し大きな波が来たので波の下に潜ると、「ジャワー」といつもの海のおとがした。
毎日のように聞いているのに懐かしくなる音だ。
海からの誘いなのだろう。
沖に出て薄暗い海面に漂いながら、暗蒼な空の色を見ていた。
隆起するうねりが通り過ぎていくと、重力が変わるのか、心地よい浮遊感覚が起きる。
ずいぶん経って大きなうねりが来た。
闇を開くように壁は炸裂し、一瞬その宇宙的な内側を見せ、崩れ通り過ぎていった。
それは誰にも触れられていない無垢な波のクライマックスだった。
選ばれた真の波。
そこからのメッセージを知ることはできなかったが、暗闇の閃光のように俺の瞼に焼き付いた。
どの波とも違って、深く強く印象的だった。
オフィスに戻ってきて、ファイルをアップロードしRAW現像すると、その閃光が柔らかく焼き付いていた。
海の魂を分けてもらったような気がする。
200回記念は何を書こうか、とラップトップに向かい、ヘッドフォンを付けるとiTunesからジャネット・ケイの歌うキラキラとした「イマジン」がかかった。
♪
Imagine there's no Heaven
It's easy if you try
No hell below us
Above us only sky
Imagine all the people
Living for today
Imagine there's no countries
It isn't hard to do
Nothing to kill or die for
And no religion too
Imagine all the people
Living life in peace
You may say that I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will be as one
Imagine no possessions
I wonder if you can
No need for greed or hunger
A brotherhood of man
Imagine all the people
Sharing all the world
You may say that I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will live as one
♪(船木訳)
イメージしてみて、天国はないんだよ
想像するだけでもしてみて
ここには地獄もない
この上には空だけがあるんだ
イメージしてみて、みんなが
今日を生きているんだって
イメージしてみて、国(境)は存在しないって
想像するだけだから簡単だよ
国ために人を殺したり自分で死ぬことはない
宗教もない
イメージしてみて、平和な人生を
イメージしてみて、財産を守ることはないって
できるかな
欲や飢えは必要ない
ここにいる人はみんなひとつの家族なんだ
イメージしてみて、みんなが
全世界を共有しているんだって
ぼくが夢を見てるって思うかな
でもぼくだけじゃない
いつか君たちも一緒になり
世界がひとつになってほしい
♪
!
歌詞にすっぽりと満たされてしまった。もちろんジョン・レノンのオリジナル・バージョンもここに入っている。
「イマジン」は、宗教や人種の対立から起こる憎悪を無意味なものとし、ジョン・レノンとオノ・ヨーコが平和を訴えて歌った曲である。
1971年にシングルカットされ、当時はその反戦意識を助長するものとし、放送禁止等の措置がおかれたという。
最近では——911以降、ラジオ等へのリスナーからのリクエストが増え、本当によく聞くようになった。
ちなみに「イマジン(Imagine)」は以前私が少し立ち上げようとしたブランド名であり、俺にとっては「夢」という意味の単語。
ここはオアフ島ワイキキ海岸、クイーンズというブレイクの前にあるスターバックスで、約束の時間より早く来て純城を待っている。
このワイキキ・クイーンズは思想サーフィングの祖ジェリー(・ロペス・板倉)さんがサーフィングを始めたところである。
彼の波乗り道が始まった場所で波乗りについて、しかも自身ブログの初200回目を書くのだから全身が痺れてしまう。
純はハワイ出身のプロサーファー。
ハリケーン・イオキで日本に行き、最大級の50フィートの波を乗って帰ってきた男である。
彼がサーファーとして日本に来た日(1989)に偶然鵠沼海岸で知り合い、以来18年間友好を暖めてきた。
カリフォルニアに越した時にも偶然会い、今はハワイでまた一緒の時間を過ごしている。
彼のすごさはやはりその「直感」であろう。
昨日はアイナハイナ東を彼が運転していて、幹線道路から住宅地に右折した直後、純が突然速度を落とした。
その1秒後、前の車がいきなり急ブレーキを踏んでUターンをした。
後ろの俺たちの車は一切見えていなかったであろう、それは乱暴で、危険な動きだった。
あのまま通常の速度でついていったら間違いなく事故を起こしていたはずだ。
こういうのを俺たちはフォース(Force=理力)と呼んでいる。
フォースにはダークサイド(暗黒面)もあって、今まで多くの友人たちがフォースを身につけながら、暗黒面に降りていったのを見ている。
ダークサイドから死ぬ寸前に復活したのはルーク・スカイウオーカーの父、アナキン・スカイウオーカーだが、これは映画スターウオーズに詳しく描かれているのでここでは書かない。
マット(・アーチボルド)は才能を持ちすぎて、酒で有能なフォースをこぼしていき、ある日気づいて暗黒面から脱出した。
5年の沈黙の後、地元サンクレメンテから離れたニューポートビーチでサーフボードを再び持った。
その3ヶ月後、ASP・WQSシリーズで当時WCTチャンピオンだったサニー・ガルシアを決勝で破った。
マンガみたいな話だが、事実である。
ここまで書いたところで純が来て、ポジティブな将来話をし、空港まで送ってもらい、ボードを取ってから闘牛ポイントに行ってきた。
この闘牛ポイントは上にも出てきたジェリーさんの第二の故郷で、彼の公表しない好きな波のひとつだと、彼と親しい友人から聞いた。
豊かな自然、先日の雨で緑に染まったコケエ山にはハワイイ(Hawai’i)で言い伝えられるところのマナ(Mana 大自然パワー)がたっぷり詰まっている。
上質な波、ハワイ諸島の特徴である西側の赤土を海にたっぷりと溶かしている。
この海が疲れているはずの体を癒してくれ、こうして「文章を書く」という力を与えてくれた。
写真もそうだが、文章を書くのはものすごくエネルギーを使い、ひどく疲れる。
文章には「言葉の霊」つまり、言霊が宿るという。俺はこの言霊を作品の中に宿らせるために様々な工夫をする。
目をつぶり、集中する。
気持ちよく波乗りをしてくる。
清めの焼酎を後ろにおいて、祈るように息を止めて一気に書く。
実際には息をしているのだが、書き終わると大きな波に乗った後のようにへとへとになる。
完成すると、読み返して、その連なる単語群をアジャストメントする。
ようやく終わりベッドに入るのだが、すると今日書いたさまざまな文落が浮かんできて眠れなくなる。
仕方がないので読書をすると、先人の書かれた表現に愕然とし、その深い世界を知り、怖くなりやがて夜が明ける、というブンガクスパイラルに陥っている。
大事なのは文学でなく「ブンガク」とカタカナにするところだ。
クマさんという愛称で知られる篠原勝之さんは自称ゲージツ家で、「俺の作品は芸術ではないよ」と言い切っている。
よって俺の作品も文学ではないのだ。
夕陽を背中に受けた波の斜面は日蔭となり、波頭が陽に透けている。
生きている海と、生かされている俺。
あふれるように沸いてくるパワーを受けとめていると、意識が遠くまで飛んで行き、宇宙の果てのどこかに届き、自分に跳ね返ってきた。
記憶は溶けだし、夕陽と海が融合した。
例えようのない陶酔感の中、この文章を書いている。
あふれる大自然の、奇跡的な力をみなさんにお分けできたら(share)幸いです。
この200回目のブログを書ける偶然に感謝します。
(了、11-22-2006)
いやあ、昨日のブログで字を書きすぎで、2名の方から「字数が多すぎて読んでいて疲れた」とメイルをいただいた。
ということで、今日は簡単にします。
350-360度という北からのうねりが届いている。
昨日、一昨日に引き続き島の北端にあるホワイトサンドに行くと、サイズがジャンプアップしていた。
選んだボードはクアッドシャーク。
岸から見ると超いい波なんだけど、ゲッティングアウトしてセットがやってくると、謝って逃げ出したくなるほどワイルドだった。
でも逃げられないので本気のダックダイブ。
何本か板を掴んだまま真横に、しかも逆さまになって沈められ、長時間かけて海面に浮かび上がるとさらに大きいリップがめらめらと視界を覆っている...。
なんとか沖に出ると、本当にいい波。
風も無風で、晴れてなんだか夢のよう。
しかし流れは異常で時速3kmくらいに増していた。
少し波待ちすると一気にショルダーに出されてしまう。
パドリング貯金じゃないけど、ピークより向こう側に行き少し休み、ピークに戻ったらまたパドリングと忙しい。
そんな中で掴んだ波は極上高速バレルで、夢で私が探し求めていたのはこの波だったのだ。
とうっとりと目を閉じた。
拡大版はこちら。
波の高い位置を通ってからバレルインすると、スピードが増してバレルの醍醐味を味わえます。
隣のとおるさんブログじゃないけど、昨日から気になる曲があり、iTuneの一曲リピートでずっと聞いている。
それはJack Johnsonの「Broken」。
iPodをシャッフルにし、かけっぱなしで昼寝していて、夢の中でものすごいいい曲がかかり、感極まって泣いてしまい、目を覚ますとこの曲がかかっていたと言うわけ。
ニールヤングの「ハーベスト」に次いで、夢の中で俺を泣かせた曲です。
みなさんもぜひ聴いてみてください!
ということで、今日は簡単にします。
350-360度という北からのうねりが届いている。
昨日、一昨日に引き続き島の北端にあるホワイトサンドに行くと、サイズがジャンプアップしていた。
選んだボードはクアッドシャーク。
岸から見ると超いい波なんだけど、ゲッティングアウトしてセットがやってくると、謝って逃げ出したくなるほどワイルドだった。
でも逃げられないので本気のダックダイブ。
何本か板を掴んだまま真横に、しかも逆さまになって沈められ、長時間かけて海面に浮かび上がるとさらに大きいリップがめらめらと視界を覆っている...。
なんとか沖に出ると、本当にいい波。
風も無風で、晴れてなんだか夢のよう。
しかし流れは異常で時速3kmくらいに増していた。
少し波待ちすると一気にショルダーに出されてしまう。
パドリング貯金じゃないけど、ピークより向こう側に行き少し休み、ピークに戻ったらまたパドリングと忙しい。
そんな中で掴んだ波は極上高速バレルで、夢で私が探し求めていたのはこの波だったのだ。
とうっとりと目を閉じた。
拡大版はこちら。
波の高い位置を通ってからバレルインすると、スピードが増してバレルの醍醐味を味わえます。
隣のとおるさんブログじゃないけど、昨日から気になる曲があり、iTuneの一曲リピートでずっと聞いている。
それはJack Johnsonの「Broken」。
iPodをシャッフルにし、かけっぱなしで昼寝していて、夢の中でものすごいいい曲がかかり、感極まって泣いてしまい、目を覚ますとこの曲がかかっていたと言うわけ。
ニールヤングの「ハーベスト」に次いで、夢の中で俺を泣かせた曲です。
みなさんもぜひ聴いてみてください!
待ちに待ったAVISO-RNF/プロフィニッシュ・ホワイトが届いた。
1994年末にRNF(ラウンド・ノーズ・フィッシュ)をメイヘムに作ってもらって(当時はロストサーフボードは存在していなかった。あったとしてもメイヘムサーフボードに洋服のロストロゴを入れていただけ)、以来合計4本オーダーしたこの丸いノーズの愛嬌たっぷりのサーフボードに中毒を起こし、大波から小波までずっと乗っていた。
ある日、メンタワイに行き、あまりのRNF中毒で普通のボードを乗っていなかったせいでガンタイプのボードに全く乗れず、それから遠ざけていた。
AVISO購入も初めてで、大きな理由はみなさんと同じく予算で、なかなかこの値段は出せないでいたのだった。
実は何回かサンクレメンテで弊社柳瀬のAVISO-RNF RNF5'6"を乗らせてもらったが、アルコール中毒患者が更生中に酒を飲むように、「決して深入りしない」と心に決めて乗っていた。
だから深入りはしていなかった、
ちなみに12年前のRNFもまだ現役で所有している。
私はボード価格を乗った年数で割る癖があり、最初のこのRNFを計算してみると、
これはメイヘムに350ドル払ったので、1年あたり29ドルの計算となった。
次に波乗りをした回数で割ってみると、初年度およそ200回、翌年100回、3年目以降を月に2回乗ったとして24x10年=240回。合計540回ですね。サーフィン一回で64セント(77円)という計算となった。
そしてまだここにボードがあるからこれは十分元は取った類い希なボードであるといえる。
このAVISOは何年持ってくれるだろうか?
報告されている耐久性から考えると、軽く20年はいけそうだ。
20年後は61才。
いまだにバックドアに乗る千葉公平さんが54才。
すると不可能ではないことに気が付くはずだ。
ずっとこのボードに乗れる体型と技術を保っていたい。
さて、今回2006年新作クアッドと共に届いたRNFは、昔にくらべて少し細身になった気がする。(写真参照)
これを例えると、「初恋の人に会ったら、白く、若く細くなっていて驚いた」というのが印象だろうか。
付属していたリーシュプラグ兼用の水栓を締め、AVISO専用FUTUREフィンTー1を取り付け、アストロデッキを貼って、ボードを手の平で叩くと中空ボードの特徴である「よく響く音」がボンボン!とする。
このプラグだが、まれに初期不良があるそうで、NAKISURFでは今まで別売りだった「予備プラグ」と、取り付け時に潤滑と水の侵入を防ぐ役割の「専用グリス」を購入者にサービスでお付けすることにしました。だからこれからの購入者はプラグがダブルで付属します。
ワックスをノーズまでびっしりと塗り、長いレフト波の闘牛ポイントに持ち込み、初恋のボードとサーフィング。
ん!?
パドルが違う、同サイズのボードより少し速いかも。
これは推測ですが、中空のため推進力が違うのですね。
それにデッキが柔らかいので、トランクスでパドルをしても胸骨が痛くならない。
実はこの痛みにはいつも悩まされていて、ウエットを着たり、胸をあまり反らさないようにして解消していたが、AVISOはそんなことは気にせずパドルできるようになった。
その高強度からボードが硬いものだと思っていたけど、うれしい感触。
闘牛はパーフェクトの胸程度が沖からゆっくりとブレイクしている。
夏のブレイクなので、こんな季節は無人だ。
新品のボード、無人のパーフェクトのコンビネーションにうれしくなる、沖でボンボンとマークのあたりを強く叩くと、海面が音で共鳴した。
きっとイルカがびっくりしているに違いない。
一本目からRNF、AVISO節全開。
早いテイクオフからするするとフェイスに出て、軽くトップターンしてボトムに落とし、リップの際めがけてグンと上がり、崩れたリップにドカン、またボトムに降りて、リップにバチリと、少しショルダーが切れてきたのでポケットターンでフックに軽く戻り、ポケットでテイルを踏みつけて加速する。加速したらショルダーの先まで出て、レイルの向きを急激に長く入れ、ラウンドハウスカットバック。
波の向きが変わり、バックサイドからフロントサイドの世界となって、迫り来るリップに引っかけるようにして、1986年のOPプロのトム・カレンのようにリップの端に引っかけてレイバック・リエントリーで波の中に戻り、もう一度二度とターンをしてキックアウト。
うーん!
シャンパンを一気に飲み干したような爽快さが体中に拡がり、しばし恍惚となる。
余談だが、辛口の最高級のシャンパンを「ブリュット(brut)」と呼ぶが、このAVISO-RNFはRNF界のブリュットだろう。
何本か乗り、確かめるようにターンのタイトさ、正確さを味わうがそれはやはり本物だった。
このカチリ、カチリとした乗り味は通常フォームでは味わえない。おまけにノーズライディングもばっちり決めてしまった。
翌日、これは今日のことですが、島の北西にあるソフトサンドに行くと、4〜5フィートの波が届いていた。
浅い海底に分厚いリップを叩きつける、本気系のハワイ冬波。むろんここはノースショアである。普通のボードだったら折れてしまうような波の中をAVISOで漕ぎ出る。
波は高さでなく、その強さ、厚みであるといつも思っている。
その範囲ではこの波は耐久性のテストと、このデザインでは適正外の大波となるだろう。
時速2キロくらいはある強い流れの中、苦難のゲッティングアウトで沖に出る。
実は途中インパクトの真下に入ってしまったことが3度あり、ボードを投げて潜ったけど、折れずに無傷。どーだどーだ。
ラインナップに出ると、深い水深から浅い棚に乗り上げていて、砂は波の後ろ側まで吹き出し、波の中は段となって、リップは遠くまで飛んでいる。
よく観察して、これは普通には乗れないな、と決意し、セクションエッジからワイプアウト覚悟で「えいやっ!」と波の中に飛び込むように滑り降りる。
巻き上げる水の壁の中を剛性の高いボードはグイーンと降りていく。
速すぎる速度に合わせて、ゆっくりと薄く長くレイルを入れボトムターンをすると、
きれいに曲がってくれ、波のフック中腹にとどまるようにバレルイン。浅い入りだったので、すぐに脱出し、うれしくなってそのまま波の壁を全部使ってスイーピングカービング。
水深が深い位置に到達したようで波の半分泡、下が斜面のスケーティングエリアでそれまで付いていたスピードを使って、自由自在にターンし、岸に向かう。
流れが強いからロングライドしたら、一度浜に上がって走って戻ったほうが早いのだ。
走りながら思ったけど、こういう強く硬い斜面はベクターハチェットか、3Dフィンのようなホールド性の高いフィンがいいかもしれない。次回取り付けてテストしてみよう。
AVISOの耐久性で強度を信じ、カーボンファイバーの剛性でターンを味わい、軽量なのにしっかりとしたサーフボード。
膝小波、ちゃんとしたリーフ波にも、そしてこんな本気波に使用できる。
これをAVISO-RNFの三段活用という。
そのまま何本か乗り、一度上がり、Q-RNFと同様に岸近くに浮かべてみて眺めているとおばけのQ太郎のQちゃんみたい。だけどクアッドの方に「Qちゃん」と名付けてしまったから、これには何という名前をつけようか少し悩んだ。
ゆったりと明治文人たちが書かれた本を開き、また海に入って少しすると美しい夕陽となりそう。慌てて上がり、カメラを持ってショアブレイクをうろうろしていると、暖のかたまりはニイハウ島の後ろに沈んだ。
雲が流れ、青かった空に暖色の縁をつけている。
それはまるで黄金色の粒子が集まり、歓喜のパーティをしているように見えた。
写真右端にはその強靱な波が写っていて、これを見たらうれしさが体をよじ登ってきた。
そんな波だった。
(了、11/19/2006)
[おまけ]
AVISOの調子がすばらしかったから、AVISOの色々について資料を取り寄せて調べてみました。
ここからは科学者のレベルの読破力が求められます。
エンジニアとか、科学が苦手の人はここまでとしましょう。
俺も書いていて、頭が混乱しました。
勉強は大変だけど、興味があるからなんとかやり遂げたAVISOの歴史と、その材質の詳細です。
ちなみに元原稿は英語だったから新しい単語だらけ。辞書を引いたり『ウィキペディア(Wikipedia)』というWEB百科事典を使って調べたのです。
まずはWHY?ということから
「なぜAVISOを製造することを始めたのか?」
サーフボードはいまだに半世紀、つまり50年間も創始当時の材料で作られている。
そこで科学と技術が進んだ今、新世紀理想のサーフボードを製作するために結成されたのがAVISO製作チーム。
後で触れるけど、サーフボードには最適の材質、炭素繊維(カーボンファイバー)を使って、中空のサーフボードを作るために加工エンジニアリング技術を専攻する博士をAVISOは雇い入れました。
軽量で、強く、しかも構造のデザインが理想的でなければタフな使用をされるサーフボードの製造は難しいからです。
そこで航空はもとより、国防、果ては宇宙産業からの技術を取り入れました。
中空の秘密は、そのスプリングのようなクッション性とサーフボードにとって最適なしなり。ターンをするとデッキ側だけ凹みます。これはボトム形状は変化しては規則的な運動に適さないという断固たる理由があるのです。
現在AVISOは、契約したシェイパーから届けられたマスターシェイプを使用し、高度に調整した機械を用いて型を起こします。
(2006年11月時点で、AVISO社は12メーカーと契約し、35モデルのサーフボード設計を行っています)
製造材料は3つ(リーシュプラグを除く)
1. 航空機で使用している高品質カーボンファイバー
2. 耐水性専用高密度フォーム
3. エポキシ樹脂
これらの材質は徹底的に管理され、AVISO直営工場で高温、高圧でそれぞれ型取られ、融合されます。
高品質カーボンファイバーを使用する理由は4つ
1. 軽量性
2. サーフボードに適した高伸縮、負荷係数
3. 抜きんでたフレックス性能、そして理想的膨張係数
4. 耐久性(強度、年月)
耐水性専用高密度フォームを使用する理由は3つ
1. 圧縮されているため強度に強い。通常のポリエチレンフォームの3倍の強度を誇る
2. 耐水性
3. エポキシ樹脂を使用できること
そのエポキシ樹脂の優れた点は
1. 強度と重量(=軽量)の比率。通常のポリエスターと比べると非常に高い
2. 全面的にポリエスターより優れているため
こんな意味のある材料を使っていたとは!
AVISO社はそれを使用した理由となるいくつかの結果を公開しているので、それを下記します。
【PMI→慣性の極性運動率について】Polar Moment of Inertia (PMI)
PMI(慣性の極性運動率)が高ければ高いほど慣性に対して反応してしまいます。
サーフボードに求められるのは、より低いPMIで、AVISOはサーファーのコントロールにより速く、確かに応答するという低数値のPMIを持っています。
今度はボードがしなってから戻るまでの
【COR→回復係数】Coefficient of Restoration (COR)
の計測結果です。
どれくらい速くそのオリジナルの形を取り戻すか、というのがCORの数値です。
サーフボードには高いCOR値が求められていて、AVISOは他の材質に比べて非常に高いCOR値をベンチテストでマークしています。
CORは波の例えばスナップバックをし、ボードがフックに入った瞬間には正常のデザインに回復しているため、例外なく(規則的)にボードを加速推進させるために役立てるのです。
次は
【MOI→慣性運動率】Moment of Inertia - (MOI)
これが高いと「慣性を支配することとなる」つまりボードをコントロールしづらいという実験結果がある。
AVISOはMOIも低数値をマークし慣性に支配されづらいサーフボードを獲得したのです。
次は係数についてのお勉強。
「カーボンファイバー対(VS)通常クロスの材質対決」
負荷、伸張、そして圧縮の割合値
*psi=重量ポンド毎平方インチ(Pounds per Square Inch)
1. カーボンファイバーはは3400-3500万psi VS 通常クロスは1000万psi
2. 伸縮性能は、通常クロスを1とすると、カーボンファイバーは1/3の量。
3. カーボンファイバーの含有量が増える毎に耐久性が倍増していきます。(通常クロスは倍増しない)
ここからが私たちにとって重要です。
AVISOサーフボードは表面より裏側まで、耐水性を持っています。
もし、傷やプラグ内から内部に水が入っても問題ありません。
もし入ってしまった場合はリーシュプラグを開き、そこから水を排出し、乾かせば、強さ、重量は一切変化しません。
ということは内部を水洗いしても大丈夫ということで、少し前に弊社柳瀬がブログでやっていたのはこのことだったのね、と納得。
その柳瀬と話し、NAKISURFでは修理不可能の初期不良AVISOボードに対して無償交換致します。これでかなり安心です。
ですが、そこまで喜ばないでください。修理可能な傷は例外なので、エポキシ樹脂で修理していただくことになります。
柳瀬はAVISOメイン倉庫に毎週出入りしていますが、今まで見た初期不良は接続部が大きく割れている、またはリーシュプラグ付近の裂傷ということです。
まだサーフボードを折ったのは報告されていないとも聞きました。
余談ですが、AVISOを所有する
プロサーファーはクリス・ワード(彼の長女マリアとノアがサンクレメンテでクラスメイトでした)、パット・オコーネル、トム・キャロル、ドン・ジョンストン(メンタワイと、ウルワツで偶然会ったな)、タマヨ・ペリー、ダスティン・バーカ(カウアイですね)、クリスチャン・フレッチャー(ハーチャンの長男)、ボー・ヤング(このあいだ横浜のグリーンルーム・フェスティバルにいたな)、パンカー・パット(パンちゃん!)、CJ・ネルソン、デイブ・
ラスタビッチ、シエィ・ロペス(カリチェ家の持ち主)他です。
クリス・ワードは知らぬが、マリアはわかるノア
後日本の西井さんも何本か持っているし、とうとう俺も所有したからふたりしてAVISOのリリースに載せてもらおうかなあ。(笑)
無人のカリチェ岬の俺。COSTA RICA LOVE!
クアッドRNFの話をスパーキにしたら朝すぐに来て持って行ってしまった。写真を撮ろうと思っていたのだけど、まあいいか。
で、今AVISO-RNFについてのインプレッションを書こうとしているんだけど、AVISO社から資料を取り寄せたら宇宙船、つまりスペースシャトルについて書いてあるように高レベルの科学的な話が満載されている。
書かれているレポートはやはり英語なんだけど、こんな単語ってあったの?というような科学単語ばかりで、辞書引きまくり。まあ2カ国語完璧のマーボーさんならわかるだろうけど。
でもAVISO社は博士が経営するだけあって、エンジニアリングについてもりだくさんで、読み進む内にだんだん賢くなってきた。
でも最新の材質は本当にすごいね。
炭素繊維
理想的膨張係数
負荷係数
高温、高圧で融合
という字の羅列を見ていると痺れてしまった。
これを読んでから、ここにあるAVISOボードを見ると、さっきより輝きが増したような錯覚におちいった。
今回のオーダーは「なるべく穏便に」という俺のモットーから白のプロフィニッシュを選んだ。
ザラザラしているのでグロスフィニッシュと違い滑らないから俺好み。しかもグロスより安い。
ノーズまでワックスを塗っている間、これに薄い茶色のスプレーペイントを塗って、10年落ちのサーフボードを表現しようと考えた。
修理の後風のステッカーとかあったらいいのに。と高品質に恐れをなしているのか、「穏便」から「見た目旧式」へと考えは移行している。
話が変わるけど、江戸時代の武士は商人より階級が高く、物質的な豊かさより、精神的な「名誉」があったと聞いた。
サーフボードは俺たちに取って刀そのものだけど、この刀は武士と同じく名誉そのものです。
俺のその時代に生まれて、武士をしていたのなら国中を奔走し、銘刀を手に入れていたのだろうか。
名誉とは各自がそれぞれ違う形で持つものだけど、サーファーはそれぞれの名誉を心に秘めている。
その昔、三浦さんという人が鎌倉七里ヶ浜にいて、波乗りを始めたばかりの俺の面倒を見てくれた。
彼はサーフボードを刀と同じように大事にして、刃こぼれ(傷)が付こうものなら、すぐに乾し修理していたのが印象的だ。やはり車もピカピカだった。
2006年10月、正面での三浦さん
その彼がある日、七里の正面でものすごいリッピングを決めて、それを真後ろで見た俺は「サーフボードが波の後ろに全部突きだしてきて、戻っていった」という事実に感動した。
それを決めた三浦さん、顔がうれしそうだけど、それをこらえるために「なんだ、この野郎!」となぜかめちゃくちゃ怒っている。(笑)
近くまで来た彼に「いやあすごかったです。バックフィンの下に付いている小さいロゴまで見えました」と詳細報告したら「本当か!そうかそーか」とヨロコビながらまだ怒っている。
夕方まで海に入り、目の前のオーシャングライドにシャワーを浴びに行くと、その三浦さんが待ちかまえていて、「お前今晩何やっている。焼鳥屋に行くか?」と聞かれ、その頃金銭的なヒッピーだった俺は2つ返事で行くことにした。
焼き鳥屋のビールで乾杯した俺は、まずあのリッピングの凄さを三浦さんにもう一度伝えた。うれしくなった三浦さんは「あれも食え、これはどうだ?」と大盤振る舞い。
そして「親父!ビールもう一本くれぃ」と三浦さんがビールを俺に注ぐたびに太く小さな声で
「もう一回言ってくれぇ〜〜」
とリッピング報告の繰り返し。
4回目だったかな、急にやさしくなって「すいません、もう一回言ってください」と言われたときは吹き出しそうになりました。
そんなこんなで夜は更け、今思うと本当にいい時代だったんだなあ。としみじみとしてしまった。
それは彼の名誉、それを見た俺の名誉。
それはほんとうに小さいのだろうけど、幸せに生き続けるためには重要なことだと思う。
鎌倉の三浦さん、今何をやっているのかなあ?
(以下は2008年10月30日加筆)
この三浦さんは昨年波乗りに復帰し、ノースハワイまで来て「ドドゲの三浦さん」としてこのブログの登場人物として復活しました。
2008年5月には南島にも行きました。
2008年の松風王国は、平塚七夕にも来ていただきました。
2008年10月10日の逗子でのドドゲナイトはこちらです。
クアッドRNFの話をスパーキにしたら朝すぐに来て持って行ってしまった。写真を撮ろうと思っていたのだけど、まあいいか。
で、今AVISO-RNFについてのインプレッションを書こうとしているんだけど、AVISO社から資料を取り寄せたら宇宙船、つまりスペースシャトルについて書いてあるように高レベルの科学的な話が満載されている。
書かれているレポートはやはり英語なんだけど、こんな単語ってあったの?というような科学単語ばかりで、辞書引きまくり。まあ2カ国語完璧のマーボーさんならわかるだろうけど。
でもAVISO社は博士が経営するだけあって、エンジニアリングについてもりだくさんで、読み進む内にだんだん賢くなってきた。
でも最新の材質は本当にすごいね。
炭素繊維
理想的膨張係数
負荷係数
高温、高圧で融合
という字の羅列を見ていると痺れてしまった。
これを読んでから、ここにあるAVISOボードを見ると、さっきより輝きが増したような錯覚におちいった。
今回のオーダーは「なるべく穏便に」という俺のモットーから白のプロフィニッシュを選んだ。
ザラザラしているのでグロスフィニッシュと違い滑らないから俺好み。しかもグロスより安い。
ノーズまでワックスを塗っている間、これに薄い茶色のスプレーペイントを塗って、10年落ちのサーフボードを表現しようと考えた。
修理の後風のステッカーとかあったらいいのに。と高品質に恐れをなしているのか、「穏便」から「見た目旧式」へと考えは移行している。
話が変わるけど、江戸時代の武士は商人より階級が高く、物質的な豊かさより、精神的な「名誉」があったと聞いた。
サーフボードは俺たちに取って刀そのものだけど、この刀は武士と同じく名誉そのものです。
俺のその時代に生まれて、武士をしていたのなら国中を奔走し、銘刀を手に入れていたのだろうか。
名誉とは各自がそれぞれ違う形で持つものだけど、サーファーはそれぞれの名誉を心に秘めている。
その昔、三浦さんという人が鎌倉七里ヶ浜にいて、波乗りを始めたばかりの俺の面倒を見てくれた。
彼はサーフボードを刀と同じように大事にして、刃こぼれ(傷)が付こうものなら、すぐに乾し修理していたのが印象的だ。やはり車もピカピカだった。
2006年10月、正面での三浦さん
その彼がある日、七里の正面でものすごいリッピングを決めて、それを真後ろで見た俺は「サーフボードが波の後ろに全部突きだしてきて、戻っていった」という事実に感動した。
それを決めた三浦さん、顔がうれしそうだけど、それをこらえるために「なんだ、この野郎!」となぜかめちゃくちゃ怒っている。(笑)
近くまで来た彼に「いやあすごかったです。バックフィンの下に付いている小さいロゴまで見えました」と詳細報告したら「本当か!そうかそーか」とヨロコビながらまだ怒っている。
夕方まで海に入り、目の前のオーシャングライドにシャワーを浴びに行くと、その三浦さんが待ちかまえていて、「お前今晩何やっている。焼鳥屋に行くか?」と聞かれ、その頃金銭的なヒッピーだった俺は2つ返事で行くことにした。
焼き鳥屋のビールで乾杯した俺は、まずあのリッピングの凄さを三浦さんにもう一度伝えた。うれしくなった三浦さんは「あれも食え、これはどうだ?」と大盤振る舞い。
そして「親父!ビールもう一本くれぃ」と三浦さんがビールを俺に注ぐたびに太く小さな声で
「もう一回言ってくれぇ〜〜」
とリッピング報告の繰り返し。
4回目だったかな、急にやさしくなって「すいません、もう一回言ってください」と言われたときは吹き出しそうになりました。
そんなこんなで夜は更け、今思うと本当にいい時代だったんだなあ。としみじみとしてしまった。
それは彼の名誉、それを見た俺の名誉。
それはほんとうに小さいのだろうけど、幸せに生き続けるためには重要なことだと思う。
鎌倉の三浦さん、今何をやっているのかなあ?
(以下は2008年10月30日加筆)
この三浦さんは昨年波乗りに復帰し、ノースハワイまで来て「ドドゲの三浦さん」としてこのブログの登場人物として復活しました。
2008年5月には南島にも行きました。
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2008年10月10日の逗子でのドドゲナイトはこちらです。
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プロフィール
名前:Naki 2009 または船木三秀
HP:NAKISURF
性別:男性
職業:専門職
趣味:海
自己紹介:
11年暮らしたカリフォルニアからノースハワイ島に住みかえ、毎日クオリティの高い波で波乗りをしています。
私は波乗り殉教者で、肩書きはプロサーファー、写真家、画家、ルポライター、デザイナーです。
風が創ったさざ波が合わさり、遠くの洋(うみ)から陽の下、夜の中を駈けてきたうねりに乗る、というような気持ちで波に接している。
その欲求と探求心は飽くことがないようで、小さい頃からの夢であった世界の海を旅し、自分なりのアウトプットを続けています。
波を知ることは海を知ること。その深遠無限のインスピレーションを感じ、ゆらゆらと絡まった日々をこのブログで綴れたらなあ、と。
そんな波乗りの奥深さ、その意識や感覚を文章、写真、絵で表現できたらと思っています。
同業の方、同じ夢の方、海が好きな方、波乗りを愛する方、この場でお話しましょう。
ありきたりの道具論に留まらないメッセージをみなさまと創ってみたいのです。
また、カリフォルニア州、サンクレメンテ発のサーフショップ『NAKISURF.COM』も運営しております。
こちらは長年培ったサーフ業界のコネクションを活かし、世界で一番誇れるWEB STOREを目指しておりますので、どうぞご覧になってください!
ぜひ!
どうぞよろしくお願いします。
私は波乗り殉教者で、肩書きはプロサーファー、写真家、画家、ルポライター、デザイナーです。
風が創ったさざ波が合わさり、遠くの洋(うみ)から陽の下、夜の中を駈けてきたうねりに乗る、というような気持ちで波に接している。
その欲求と探求心は飽くことがないようで、小さい頃からの夢であった世界の海を旅し、自分なりのアウトプットを続けています。
波を知ることは海を知ること。その深遠無限のインスピレーションを感じ、ゆらゆらと絡まった日々をこのブログで綴れたらなあ、と。
そんな波乗りの奥深さ、その意識や感覚を文章、写真、絵で表現できたらと思っています。
同業の方、同じ夢の方、海が好きな方、波乗りを愛する方、この場でお話しましょう。
ありきたりの道具論に留まらないメッセージをみなさまと創ってみたいのです。
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