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今日はINTフィッシュが届いたので、島の端まで行って初乗りしてきました。

ここはソフトサンドの最北端で、4駆のサビタでなく、アコード(フェラーリ)で行ったので、車を停めてからたくさん歩きました。



ようやく到着間際の俺と、カビカのあっちゃん。



波はこんな岬波で、トロピカル版のジェフリーズベイみたい。



略して『トロJ』とネーミングしました。



岸の岩ごつごつが恐いけど、きちんとアイランドプルアウト、ひきずられないダックダイブ(ドルフィンスルー)ができれば大丈夫です。

あっちゃんと俺のふたりだけで、波に乗りまくりました。

ビデオ(動画)も撮ってもらったので、これから編集して近日中には、YOUTUBEにアップしますね。

沖に浮かんだ戦艦からミサイルが連射されていて、

「ズドン」「ズドン」と腹に響く音に戦争反対と唱えました。



サーフウオッシュ決行中はカビカのあっちゃん。

そして62kgの俺にも78kgの彼にも乗れるINT。



斜面が柔らかかったけど、全体的には小型版「三日月湾」という波でしたよ。

日本は大型連休に突入ですね。

よいお時間をお過ごし下さい!
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今日はAVISOジョンと早朝から三日月湾に行ってきた。

AM3:00 起床

AM4:30 自宅を出て、

AM4:45 集合場所で合流。

真っ暗なハイウエイを北上していくと、前のピックアップトラックが酔っぱらい運転か、居眠りのいずれかであろうことを知る。

速度が速くなったり、遅くなったり、反対車線に蛇行したり路肩に突っ込みそうになったり、いきなりブレーキを踏んだり。



写真を撮っちゃいました。

結局この危険極まりないこのピックアップトラックはプリンスビルで右折しましたが、その後どうなったのだろうか?

AM5:40 北海岸、三日月湾駐車場到着。



真っ暗なのにサーファーの車が30台以上。

「いやだなあ」と直感する。

AM5:50 パドルアウト。

薄暗い沖に出るとサーファーがいるいる、ものすごい数だ。

大晦日のアメ横か、元日の鶴岡八幡宮、または平日夕方6時の渋谷駅を思い出した。

友人リックを見つけたので話をすると、

「お前はラッキーだ!今日はめちゃくちゃ空いているぞ。さすが季節外れのうねりだなあ」

とうっとりと言う。

ガーン!これで空いているとは。。。

後学のために何人入っているか知っておこうと数えると、

スタンドアップパドル(SUP)8台

ロングボード15人

ガンタイプ11人

フィッシュ系5人

ショートボード4人

の計43名であった。

もう一度言うが、これは日の出前の数字で、太陽は岸の向こうの山々の後ろで、空はオレンジ色に染まっている時間なのです。

特に強敵がSUP軍団で、8人の内、2人ほど乗りまくっていて、誰も何も言わないところをみるとレジェンドの人たちなのだろうか。

ひとりはボートみたいに浮くSUPを乗っていて、むやみやたらに漕ぎ、横には曲がれないようで真っ直ぐ降りて、みんなのひんしゅくを買う寓話のようなSUP。

「この島で一番混雑する波」その実際はものすごい世界だった。

「これなら闘牛岬に行き、のんびりと波に乗っていればよかった」

と後悔するが、ジョンの「世界で一番乗りたい波」なので、ぐっと我慢する。

で、俺とジョンの乗れる波と言えば、

1.奥から行き過ぎて抜けられないサーファーを見ながらショルダーから

2.SUPがロングの前を塞いでしまったのを横からレイトテイクオフ

3.誰も行かない小さなタル波

4.奥から行ったサーファーが無理やりチューブに入って、抜けられないだろう、と仮定してパドリングを始め、チューブ内でワイプアウトしたのを確認してからテイクオフする波

という4種しかなかった。

みんなはそれぞれに悪い言葉を叫び、吐き、精神苦痛の氾濫であり、それはまさしく心が落盤していくような繰り返し、つまり潮騒のようだった。

ここには楽しい波乗りは水平線の向こうにあるようだ。(島の反対側か)

といつもの分析主義に浸っていると、前から来たSUPに轢かれそうになった。

「もうこれはだめだ、さっぱりと上がろう」と決意してから小一時間して、ようやくインサイドでピークから乗れた。

上がって時計を見ると、

AM7:50 辛い120分間であった。

AM8:10 ジョンが上がってきて、

「なかなかのセッションだったな。価値がある一本だったぜ」と言い、俺はそれにあいまいに話を合わせるが、興奮している彼には俺の憂鬱は見いだせなかったのが不幸中の幸いだった。

『松の木』というビーチブレイクを見に行き、ここから一気に南側まで戻ろうということになった。



ノースハワイのノースショアの街。



美しい教会。



タロイモ畑。



途中、東側にあるカパアという街で朝食をということになった。



サーファーズ・サンドイッチというベーグルにトマト&チーズをはさんだものと、カフェラッテをいただく。



AM10:08 南側。ホワイトハウスに到着すると、潮は上げているが無人でブレイクしていたので、すばやく入水する。



ジョンのダイエットも兼ねているので、結構スパルタなスケジュールである。

AM11:26 潮が上げすぎたのかブレイクしなくなったので、西の闘牛岬に向かう。

PM12:11 闘牛岬到着。

ボードはジョンがJJ Rocket fish 6'6"、俺がジョンのレンタカーに入るようにBD3。



PM12:27 パドリングアウト。

オンショアが強く、たった3人だけだったが何本か良い波に乗って大満足。
今朝の大混雑はここには全くない。
日焼けで目が痛い。
お腹が空きすぎ、ジョンがコーヒーのおかげで「胸焼け全開だ」と景気の悪い感想を漏らす。

PM2:37 闘牛岬セッション終了。

PM3:14 AVISOミーティングを開始する。



弊社からの項目は11,AVISO社からは14に渡る長いものだった。

このミーティングから読者への案内としては、千葉は太東岬で始まるテストドライブにAVISO社から全面協力してもらうこととなった。

PM4:26 ミーティング終了。

PM4:44 ブログ執筆開始。

今日の教訓

「定員オーバーの収容所化した季節外れの高名サーフブレイク」

(おまけ)
interFMの人気DJフーミンの行きつけのお店『運河丼 千春』



松山千春さんの大ファンか、肉親の人経営であろうことは明確であるお店。
行ってみたいなあ。

(おまけ2)
弊社柳瀬のお気に入りのお店「レッド・マンゴー」



最近カリフォルニアで大流行しているフローズンヨーグルトです。



(おまけ3)
「『釣りバカ日誌』の浜ちゃん、ハワイにやってきた」編。



猛烈な引きのロウニンアジですが、このサイズとなると怪物級のファイトをしそうで恐いなあ。


(カリフォルニアで書ききれなかった編最終回)



出発前日はニューポートビーチに行ってきました。

南うねりなことと、58番通りより北側はけっこう空いていて、車から近いので、忙しい人にはうれしいブレイクであると言えます。



波は腰ちょいくらい。

堤防周りが混んでいて、ここは5人程度のブレイクです。

「名より体」の結果、空いているところでばかりサーフしています。



南うねりなのでレフト(グーフィ)が多いので、こんなアクションが多くなりました。

ライトもこの通り。



砂浜ではこの子に

「ARE YOU PROFESSIONAL SURFER?」

と聞かれ、

「昔はね」

と答えると、にっこにこしていた。

波乗り好きな子なのですね。



バックサイドは続く。



闘牛岬みたいだなあ。



これはフロントサイド。



とマンライ(満足ライディング©オガマさん)がたくさん散りばめられていた満足セッションでした。



なぜツインでなくファイヤーブレードに乗ったか?

それはファイヤーブレードを日本に送って、プロモーションしようということになったのです。

なので名残惜しくカリフォルニア最後のファイヤーブレードだったのでした。

でもこのファイヤーブレードで台風波に乗れるかもですね。



その後、ジェフ・ヨコヤマとジーボーが主宰する「ジェネリック・ユース/ピジン・オレンジ」のオンリーストアに行ってきました。



↑マウイアンドサンズ、パイレーツサーフ、モダンアミューズメントを世に産み出したカリスマデザイナーのジェフ。

俺たちのあこがれでもあります。

↓奇跡の裁縫マスター、セルジオとジェフ。
このようにすべて一点物、そして手作りです。



↓INTのスペシャルカラー「グリーンデイ」を発見!



↓ピジンオレンジのスペシャルソース『ムーチョアロハ』もありました。



↓俺の大好きな「MUCHO ALOHA」Tシャツ。

アロハがいっぱいという意味なんですよ。



それからジェフに色々なお話を聞き、大満足しながらNAKISURFオフィスに戻りました。

で、こつこつとブログを書いていると、コールサーフボードのメインライダー、しかも世界初の540°ロデオフリップをメイクしたライアン・カールソンが彼女を連れて遊びに来てくれました。



彼の目的は、世界で唯一ここに存在している新作ファイヤーブレードのチェックです。



あまりのスペックに目が輝いていました。

シングル・ボンザーチャンネルに

「これは速そうだぞ、高く飛べそうだ」

と細部を確認し、俺のMPツインも気になるようでしっかり目を通していきました。





コールと俺が彼用のファイヤーブレードをプロデュースするので、それも楽しみなんだそうです。

この背の高さ(190cm、85kg)であんな回転技ができるということに驚きました。

彼を見ながら「巨体の敏捷性」について論文がかけるなあ、と思いながら話していました。

今回のカリフォルニアトリップ、最後の夕焼け。



最終日なので、ミーティング後は大好きなカフェヒロに予約を入れておきました。

到着すると、店外まで長蛇の列。



予約がなければ2時間待ちは必至でした。

カフェヒロ(月休)
714−527−6090(日本語、英語OK)

よかったぁ!



今日は特別編として、私たちが食べたものを順に紹介させていただきます。

まずはサンフランシスコはリバーモアのワイナリー「ウエンテ」の朝霧シャルドネ。



に合わせてイチジクのサラダ↓



生だこのゆずソース、カレーフレーバー↓



↓カリフラワーのスープ



ここで一本空いたのだが、飲み過ぎないようにお酒は終了。



まぐろとモッツレラのポキ和え↓



スパゲッティ・アラビアータ↓



ロックコッドのシシリー風↓



カツカレー↓



デザートはチョコレートムース、パンナコッタに



桃のシャーベット



満喫以上、悶絶以下でした。
シェフのヒロさん、そして偶然にも再会したグレッグに感謝します!



左からヒロさん、俺、柳瀬、そして池谷です。

tomomiは発熱で、無念のリタイヤでした。

カリフォルニアありがとう。
みなさん、ムーチョTHANKS!

今回もすばらしい旅でした!


昨日の空港ゲート。

チェックインの際にまたまたユナイテッド航空の不手際で、係員の指示するエレクトリックチケットの列に45分並び、ようやく自分の番が来たら

「このチケットではチェックインできません。横の受話器を使って、弊社係員とお話ください」

となり、話をすると

「ユナイテッド職員のいるカウンターでボーディングパスを受け取ってください」

ということで目の前にいる係員を呼ぶと「自分たちはユナイテッドの人間ではない、向こうの6番カウンターに行け」と地平線の彼方を指さす。

ここはユナイテッド航空専用カウンターが40台あって、係員が20人近くいるのにその誰もがユナイテッド社員ではないという。

うぬぬ、と最初からやり直しとなり、その蜃気楼の向こうに見える6番カウンターまで荷物を持って、えっちらおっちらと行くと、そこは俺と同じ処遇の人たちの集会所で、怒号や叫びが聞こえていた。

『スペシャルサービス』というカウンターに行き、黙ってエレクトリックチケットを見せると、プロセスが始まったようで、そこから全て順調に事は進み、あっという間にボーディングパスが出てきた。

俺は「なぜ1番カウンターで問題があると言われたのですか?」

とその妙齢女性に聞くと、

「あなたのチケットは行きと戻りを逆に読み込まれていたのね、だからコンピューターが処理しなかったのよ」

と荷物分40ドルを徴収された。

最近の米国国内線は荷物一個につき15ドル、2個目から25ドルが科せられることになったのを思い出した。

ふーん、とカードで代金を支払い、セキュリティゲートまで歩く。

ここまで45分が経過していて、本来は45分前にチェックインすればいいのだが、これで行ったら目的の飛行機には乗れないところであった。

セキュリティゲートも長蛇の列でここを抜けるのに30分かかる。

結局1時間15分をチェックインに費やし、三時間前に来て良かった、と溜息をつきながらデパーチャーモニターを見ると、俺の乗るべくUA69便は機材がまだ到着していないようで、「遅延=DELAY」の赤い文字が点滅していた。

そこからさらに遅れていくのだが、それは昨日ライブで書いたので省略するが、結局飛行機に乗ることができ、



ロスアンジェルスを飛び立つことになった。



ロスにも波が少しありますね。



いつものように睡り、目を覚ますとまだ太平洋の上を飛んでいた。



もう一眠りすると、空がオレンジになっていた。



到着です。

さらにホワイトハウスにも着きました。
ほっと一息する瞬間です。



行かなくちゃ
君に逢いに行かなくちゃ
君の街に行かなくちゃ
雨にぬれ

と井上陽水の「傘がない」ばかりを聴き、そして口ずさんでいる。

思想家であり、哲学者である柳瀬とこの曲の意味を論じたが、彼の意見は

「マルクス・レーニン主義時代の体制に対しての非難」

と深く、日本海溝の底まで歌詞をこじらせているのではないか?とする説を主張する。

俺はというと、「嗚呼!とすばらしいメロディができたので、陽水センセがファンを惑わそうと適当に歌詞を付けたのでは?」
(グリーンシットのへんたい村論)

という『自信満々説』で話は平行線どころか、火星方面とアンタレス方面まで離れ、やがて俺たちは無言となった。

で、今思ったんだけど、陽水センセの言うところの雨=人間で、雨に濡れということは人混みにまみれ、という意味ではないか?

という説ではいかがでしょうか?

カリフォルニアはサンクレメンテの風景が流れていく。

俺は3年前までここに住んでいたのだ。

これは懐かしくもあり、または「虹と睡蓮」という埴谷雄高氏の著書のような心象風景となる。(難解ということですね)



ここはただの丘だったのだが、大きなアウトレットショッピングモールができるのだそうで、突然道路が出現していた。



工事はんたい!

とバカボンのパパのように胸の中でつぶやくが、それは俺のエゴなのを知っている。



美しいトレファグラー・ストリート。

Tストリートと省略されるここはサンクレメンテサーファーにおける聖堂である。

1980年代のここは、

当時ASPサーファーだったブライアン・マクナリティ、

テレンスとジョーのマクナリティ兄弟、

ハーレイに乗ってパーティに明け暮れていたマット・アーチボルド、

大学レスリングの花形選手がプロサーファーとなったジム・ホーガン、

渋い波乗りだったアンディ・フォーメンコ、

巨漢のカービングマスターのコール・シムラー、

絵の天才でニーボーダーのロイ・ゴンザレス、

まだショートボーダーだったジェフ・クレーマー、

ジャッキー・バクスターの息子ジョシュ・バクスター、

大男で番長はクリス・バーナム、

後の「サンクレメンテ・ローカルズ」という映画の冒頭でTVを壊すケーブマン・ジョー、

目つき鋭く、若頭だったディノ・アンディーノ、

を引き連れていたのは少年野球のエースだった赤髪レッド、

シェーン&ギャビン・ベッシェン、

ハービー・フレッチャーがクリスチャンと小さな子供だったネイザン・フレッチャーを連れてきていて、

たまーにやってくる長身のドノバン・フランケンレイター、

クリス・ビリー、

○○と噂されていたサム・ジョージ、

子供だったヴィンス・デラ・ペニャ、

バリによく行っていたマーティ・ホフマン、

おとなしいマイク・パーソンズ、

サンオノフレのキャンパーの住人パスコウイッツ・ファミリー、

ライフガードのボブ、

とまあ、ざっと思いつくだけでこんなサーファーたちがここに入り乱れていた。

夕方ブラックボールが終わるころ、海に行くといたるところで世界最高峰のサーフィングを見ることができた。

ビーチに設置されたブランコ付近に群がる「サーフグルーピー」という名の女の子たち。

この頃、テレンス・マクナリティの車でピア付近の波を見ているとき、「横断歩道の通過違反」で警察に違反チケットを切られそうになったテレンスが免許証を出すと、その処理に入ろうとしたポリスマンが、

「おーあなたはテレンス・マクナリティですね!先日海でアナタを見ました。すばらしいサーフィングでした」

とか言って、免許証を戻し、見逃してくれた。

まあこんなエピソードからこのビーチタウンにサーフィングが根付いていて、その人間関係が形成されていたことを知ることができるだろう。

と記憶の彼方にあることを掘り返していたら、ものすごい量のエピソードを思い出したが、それはいつかの機会に書きます。



↑オラビスタという海岸線と平行に走る旧道。

サンクレメンテピアの上の道↓



↓ピアに到着。





↑これはサンクレメンテピアで波を撮る柳瀬。

カリフォルニアのことをまだ書きたいのだが、また字数が多くなりすぎて今日はここまで、また明日に続きます。



で、今朝はAVISOのジョンとカビカのあっちゃんで、ホワイトハウス→闘牛岬→ソフトサンド→かき氷というツアーをしてきました。



時差ぼけで深夜2時に起きたから眠いのなんのって、それは拷問並です。

では、良い一日を!
今ロスアンジェルス国際空港内のブルーバー(ビールバー)です。

飛行機遅延で、かなり待たされそうなので飲んでしまおうということになりました。
でも小ビール一杯、税チップ入れて10ドルとは高いよな。
場所代か。

これからノースハワイに戻るのですが、はたして何時に機は動くのか?

ずっと待たされている乗客はかなりご機嫌斜めですが、「飛行機は遅れるもの」と信じる俺にとっては、何も感じません。

しょうがない、と酔っています。(笑)



tomomiのブログにもあったが、アラビアータを作った。
確か週末前の木曜日の夜であったように思う。

オリーブオイルを熱し、刻んだガーリックを炒め、トマトを入れ、黒こしょう、レモンペッパー、そしてすし酢にて味を調えた。

パスタを茹で、少ししたらソースパンに移して味を麺にしみこませながら加熱していく。

麺道3段なので、このあたりはぬかりがない。

アルデンテ以前に引き上げ、熱したお皿に盛って終了。



渾身の「アラビアータ・ドゥブロヴニク風」となりました。

料理は楽しい。

とこの翌日は朝、いや夜中の3時に起きて、トレッスルズに行ってきた。

「トレッスルズは混むのでソウル(魂)サーフィンとはほど遠い」と6年前よりボイコットを決め込んでいましたが、この時はプロキャム3Dスキャンから戻ってきたファイヤーブレードを走らせようと向かったのです。

真っ暗なフリーウエイを走らせ、やはり真っ暗な駐車場に到着。

けれど、サーファーたちはもうすでにやってきていて、カリフォルニアにおける波乗り熱の高さを物語り、胸が熱くなりました。

真っ暗な道路を歩いていると、サーフボードを積んだ自転車ががんがん俺たちを追い抜きます。

けれど、夜明けまでまだ1時間もあるこんな時間に行って何をするんだろう?と疑問が沸きますが、柳瀬との手塚治虫、リッチー・コリンズ談議に花が咲き、そんなことは気にならなかった。

ブレイク前の浜に到着。

やはりまだ真っ暗で、曇天のようでさらに暗い。

こんな時間から浜にやってくる俺たちは異常なのかな?と少し思うが、よく見ると沖にはすでにサーファーたちの影があった。

「この人たちは真っ暗なのにもう波乗りしているとは、かなりのマニアだね」

と柳瀬と驚き、それに感動していると、さらにサーファーはやってくる。

トレッスルズ人気はすごい!

と日本シリーズの際の東京ドームを思い出す。



フラッシュをたいてこの明るさ。



夜明けを待つのもソウルサーフィングだ、と言い聞かせて明るくなるのを待つ。

柳瀬を撮ったのだが、ほとんど影法師である。



少し明るくなってきた。



ここは北部、アッパーといわれている場所で、さすがにいい波だ。

でもピークにはもう数十人が蠢いているという笑うに笑えない状況。

柳瀬に南側のインサイド「ベイ」というピークで待つように指示を出し、彼が先にパドリングアウト。

暗く、焦点が合わぬが、ここはプロの意地でマニュアルフォーカスで撮った。



この人はここで夜を明かしたようで、さっき目を覚まして、人の多さに悪い言葉を叫んでまた寝てしまった。



だんだん夜が明けてきた。



ブンペイが登場。
後ろの人はまだ寝ている。

彼とは10年以上前からの友人で、フィジー、マトゥク島にも一緒に行っている。



あいかわらずのすばらしいカービング。



柳瀬が上がってきて、カメラ交代。



ラウン



ドハウ



スカ



ット















そのインサイド。



ペリカンの群れ。



この日は、まだコンテストサイトが撤収されずに残っていました。



長い



ボトムターンからの



ホワイトウオーター



バウンシング。



後ろ足でコントロールし、



前足で



引きつけ、最後は



前足加重で降りてきます。



おっ、俺の名前が呼ばれています。

そろそろフライトのようです。

では行ってきます!

この続きは到着後に。

とノースハワイに戻ってきました。

こちらは波があるようで、搭乗中に受けた留守番メッセージは各地の波の良さを伝えてきた。

AVISOのジョンも一足先に到着していて、闘牛岬を堪能したそうだ。

カビカのあっちゃんも帰国中で、今日も無人のホワイトハウスをクルーズしてきたそうだ。

うらやましい。

さて、続きです。



このリーシュはテスト中のもので、現在最高に近いほど良好です。
もうすぐ生産を開始しますね。

今時珍しいUSA製で、NAKISURFでは最高品質にこだわったのです。

大好きなフルボトムターンをするチャンスに恵まれました。



これは重力を



強く感じるから



大好きな



波乗り技のひとつで、



こんなセクションとなると



いつも想像していた大好きなターンです。



混んでいる中、インサイドで波乗りしたので人も気にならず楽しくサーフできました。
そしてまだ7時。



柳瀬のカメラ技術もたいしたものだ、と、褒めつつカメラ談議をしながら帰りました。



この民族衣装風のポンチョは暖かく、さらには車中泊の際に毛布にもなったりしてとても便利です。



朝食はキャピストラノビーチにある名店「ラス・ゴロンドリナス」



ベジタブルブリトーを食べたんだけど、あまりの多さに半分以上を残してお持ち帰りとしました。

鍵と較べての大きさに注目です!



その足でサーファーマガジン社に行ってきました。

伝説のフォトグラファー、ロン・ストーナーのレンズが展示されています。
野球でいうところのベーブルースのバットであるので、拝み崇めながら写真を撮らせていただきました。



フォトエディターという役職の日本風に言うと「写真編集長」のグラント(左)、「副編集長」のJP。



編集長室。



編集部内には歴史的なボードが陳列されていて、そこに歴史があるサーファーマガジンとして、高いプロデュース力を感じました。



バックナンバー好きな俺は倉庫に行き、大量の歴史と一緒にJPに撮ってもらいました。



(書ききれていないので、明日に続きます)


待ちに待ったMPツインが完成したので、サンクレメンテ王子邸前に行ってきました。

週末なので(週末でなくても)トレッスルズは激混みという情報を入手していたので、こんな時は王子邸前狙いです。

波はスーパーグラッシーで腰、胸くらい。
人は見渡す限りで8人。



さすがサンクレメンテのシークレットの面目躍如です。

噂のMPツインさま。



これはアキラ・アイパなどからはじまった「1980年代ツインフィンのリバイバル」にネオ・クアッドの祖コールからの直接回答です。

幅広なのにそう思わせないアウトライン。
全体的にスケルトンフィッシュの進化版と見たが、よくボトム形状やレイルをチェックすると、新しいコンセプトのツインフィンだった。



「抜けないよ」というロボ(ジョン・ロバートソン)の言葉を信じてツインのオンフィン。

フィンは選ばず、選べず、とこれは1980年代そのままで、なんだかうれしくなる。



5'8"x18-3/4"x2-1/4"

と、数字を読むと俺には少し厚めだが、そんなことは感じないフォルム。

スペックにだまされないのも大事です。

発売前の名作「ファイヤーブレード」と2ショット。



これにもファイヤーブレードと同様にハーちゃん印のアストロデッキ新作を貼ることにしました。



今回は「全ピース一気剥がしの一気貼り」の大技です。



うまく全てのピースを離れないように全ての裏紙を剥がして、



テイルで位置を合わせて、



押しつけて完成。

最後は砂浜にて「足で押しつけ圧着させてだめ押し」とするやり方です。

デッキパッドは本来だと貼ってから24時間おかなくてはいけないのだが、MPツインはマーチン・ポッターモデルでもあるので、彼が「ウエーブ・ウオリアーズ3」の中で貼ってすぐに入るシーンを思い出し、2008年に俺が再現したというわけです。

浜に降りると、南うねりが届いていた。
美しく速い波。



ワックスを塗り、



王子邸前コールが一気に揃いました。

左から柳瀬のMPツイン、このMPツイン、ファイヤーブレード、そしてともみのFF。



この人もコールでした。
スケルトンフィッシュかな?

こうして年季の入った、日焼けしたボードを見るとこのサーファーは玄人ぽいなと感じる。



靴もそうですが、ボードが白いと「新米」のようで少し恥ずかしいものです。(みなさんはいかがでしょうか?)

コールは生まれも育ちもサンクレメンテで、サーファーの街サンクレメンテでは、このサーフボード名匠を誇りに思っています。

かく言う俺もサンクレメンテでコールを持って歩くことが誇らしく、つい胸を張ってしまう。

潮が上げてきたせいか、波は小さくショアブレイクながらも美しくなってきた。



ゲッティングアウト。
海は楽しい。



一本目のレフト。
体のひねりがそのままターンになるので、軽く速く、ファイヤーフライをはじめて乗ったときのような新感覚になった。



ホワイトウオーターへのバウンシングもこの通り軽快です。



ともみのバレル波。



「フナキーサン!!」

と聞いたことのある大声がしたので、その方向を見るとディノ(・アンディーノ)であった。



なつかしい、番長ディノにここで会うとは!

と昔話に花が咲き、「コロちゃん大きくなったでしょ?」

と聞くと、さきほどエアをぶちかましていた少年が彼であった。



大きくなった、というかもう青年に近い。

コロヘ・アンディーノ。

サーファー誌などでは「未来の世界チャンピオン」と評価されているのだが、父ディノは

「長い道のりだぜ」

と言う。

俺もその通りだ、長い道だよな、と漏らすようにつぶやいた。

ディノが波に乗り、それは往年のスタイルそのままでうれしく思う。



俺も次の波に乗り、ディノの横でこんなアクション。



「おーまだまだやるじゃないか」とディノに言われうれしくなるが、そんなそぶりは見せずに「まだまだだよ」と謙遜する。

そしてこれがディノからの回答である1992年そのままのフローター。



負けていられないと、今度は超集中し、フックに合わせてマイクロバレルにイン。



静かな大人の日米対決だと自分では思っていた。



こんなほぼ誰もいない王子邸前で、サンクレメンテの番長親子と一緒になったというMPツインがつなぐ縁に胸が熱くなった。



カメラに向けてアウトラインをアピールし、



いつものようにカメラを柳瀬と交換し、今度は俺が彼たちを撮る。

本邦初公開、柳瀬の波乗り。

乗っているのは彼のMPツイン↓



ライトもこの通り。
水深はほとんどないが、楽しく乗れるワンセクション。



スカイラー・バロウザことスカイがやってきた。
彼はクリス・ワードと遜色のないサーフィングをするが、無名でスポンサーもないアンダーグラウンド・リッパー。

10年来の友人である。



コロちゃん。



そしてこれがコロちゃんのスーパーマンフリップの始動ショット。
90%メイクしていました。

すごいなあ!



ディノさまのお帰り〜。



ではまた明日!
昨夜はマコトさん、佐野さんとはるかちゃんでカフェヒロに行き、ヒロさんの料理を堪能。

俺の大好きなワイナリー「コンチャイトロ」のカベルネが一本だけありました。



これに合わせてヒロさんが出してくれたのは

「フランクステーキ・サラダ」



「鴨肉のヒロさん風」



他にこれもあれも、と色々食べたのですが、おいしすぎて焦って食べてしまい、写真を撮り忘れてしまった。

デザートまで、本当に最高でした!

さすがカフェヒロ、いつも感じるのは味が進化していることです。
すごいすばらしい。

と、評価は おいしいおいしいおいしいおいしいおいしい の5つ星です。(5が最高)

のダブル!!

おいしいおいしいおいしいおいしいおいしい

ここはハンティントンの内陸の街サイプレスにあります。
ここはタイガー・ウッズの育った街でもあるんですよ。

みなさんもぜひです!
日本から来る価値ありです。

カフェヒロ(月休)
714−527−6090(日本語、英語OK)

で、その後「もっと飲もう!」
ということになり、1時まで営業しているトーランスのボーズという店に行く。

0時30分にラストオーダーとなり、1時の閉店タイムに酒のグラスが下げられ、1時15分には音楽は消され、電気は煌々とマックスで明るくされた。

いきなり酔いが醒める。

これは従業員が早く帰りたいからに他ならず、1時閉店で1時半に帰りたいとはエゴである。

とほぼ満員の客全員でそとに出て、駐車場で俺たちが遭遇したニッポンの極悪ローカリズム問題を話し、散会し、俺はそのままレンちゃんのバックシートで睡り、朝6時起床。

背中が痛いが、酒酔い運転をこうして回避した。

オフィスに戻るとともみが起きていて「今帰ってきたのですか!」
と驚かれる。

俺は少し不良の顔になり、CDをかけると松山千春さんの「長い夜」が流れてきた。

それからみんなで波乗りに行ったんだけど、これは明日に書きますね。

さて、木工作業の達人ペイジ・イングハムに待望の第一子が誕生した。

そして「サーフボード型のミニボートを造ったよ」というので、行ってきました。



ペイジとイングリッド夫妻、そして生後51日のカーラちゃん。



天使みたいでしたよ。



ペイジ家でバナナ、プラム、そしてサンドウイッチをごちそうになり、それからエルカミノ沿いにあるロストのお店に行きました。



この裏にサーフボード工場があり、その工場長は旧くからの友人ジョー・ウッド。
ちょうど休憩中でした。



サーフィン業界のよもやま話をゆっくりとして、それからお店に行くとチャッキーがいました。



彼はグッドサーファーで、ニューポート、ハンティントンによく出没しているから、見かけたら声をかけてあげてください。



とすると、これらは彼らをモチーフにしたキャラクターなのかと感じてきた。



パンダの耳は黒だったけど、外側が白、内側が黒くなっているのを俺は見逃さなかった。

ややあって、税金計算をしていたニコールが現れた。

このお店の看板娘である。



またねー、とサンクレメンテを後にし、



一度オフィスに戻り、歯医者に行く。

定期的なチェックアップ&クリーニングだったのだが、ものすごく丁寧で終了まで2時間弱かかった。

フロス大好きなので、それが効を奏したようで虫歯ゼロで、歯医者嫌いの俺はそれに喜ぶ。

カビカのあっちゃんがノースハワイに到着し、

「ピストル4を無人のホワイトハウスで滑らせて大満足しました」とメールがきた。

一瞬ホワイトハウスの青い波が目に浮かび、郷愁感に胸を詰まらせる。

ドッキーと4時30分に待ち合わせていたが、その時間はとっくに過ぎており、電話をすると、「いいよいいよカモーン、いつでもおいで」と言ってくれたので、405FWYを南下して彼の自宅に向かった。

到着したが、ドアは開放され、豪邸内は無人のようであった。

電話をすると、リングトーンは鳴らずにそのまま留守番メッセージとなる。



そのまま玄関脇のデンで雑誌類を読んでいると、イギリスのサーフ雑誌の表紙がAVISOであった。



クレジットを見ると、先週のASRで会ったチャーリーが言っていたイギリス#1のサーファーだった。

彼が手渡したボードであることを確信し、そしてここにこの表紙があるとは、とその縁に少し不思議な気分となった。

リック・グリフィンのアート本を見ていたら美しいハートを発見したので一枚撮らせてもらう。



携帯が鳴り、それはドッキーであった。

「ヘイ、ドッキー!どこにいるんだ?」

「オー、来ていたのか?ごめんごめん、庭のジャグジーにいるからオイデ」



と、煮込みドッキーを発見。

ここで少しボードデザインの話をするが、手振りだけでは伝わらないディテイルにダイニングに行き、紙に描き表現することになった。



ドッキーが7年前に誕生させたUSOというフィンレスボードの新型アイディアを思いついたのです。

それの試乗版製作をお願いしてきました。



話は完全に伝わり、ドッキーがそれを試作し、俺とドノバンで乗りこみ、「完全版をAVISOだけで製作する」
ということになった。

この完成は3〜6ヶ月後、それからテストが始まるので、試算するAVISO完成は2010年春と、先の長いエピソードのはじまりです。

経緯はここに書いていきますので、お楽しみに。

さて、ドッキーの裏庭でゴルフができるというのでやってきました。

シャンパン好きなドッキー夫妻は「飲みながらやりましょうよ」ということになり、グリーン上で開栓しちゃいました。



アルコールはもちろん、ジーンズ、サンダル、エリがないシャツはゴルフのマナーに反するのでNGと言うが、でも私たちのコースだからOKのローカルルールにしたのよ、とはゴルフに詳しいアンバー。

「イヤーおひとつおひとつ、私が注ぎますワタシガワタシガ」

と日本風に注ぐドッキー。



パットの天才ドッキーは10mパットを連続で沈め、俺たちはびっくり。



ドリャ!



ほぼ満月をバックに記念撮影。
明日は中秋の名月ですね。



アンバーのティーショット。↓



池ポチャしたドッキーのフォロースイング。



アンバーに「タローは隠れてレッスンを受けているわよ」と言わしめた柳瀬の194ヤードのワンオン。



日が暮れ、庭に戻りトライティップのステーキを焼いてくれるドッキー。



ダンスから戻ってきたスカーレット。



上手に焼けました。
アメリカ人はこうして脂肪のない赤身肉を好むようで、そのおいしい食べ方を知っています。



トマトとモッツラレラチーズを和えたサラダ、ガーリックバターソテーをしたマッシュルーム、そしてタイ米のクアッドプレート。

タイ米以外はどれも絶品で、それはこれらを味付けしたドッキーのセンスがいいことを物語っていた。

さすがだなあ、と彼の顔を見ると酔っぱらって真っ赤になっていた。



デザートは苺とキャラメル味のアイスクリーム。



スバラシイデス。

俺の舌はドッキー風にもつれ、彼の新作洋服や皮革財布等を見せてもらうと、それらはイタリア風だった。

フェラーリもそうだけど、美しいデザイン感覚はみんなイタリア風になる気がする。

みんなに「イタリア製大好きデス」と白状する。

イタリア風のパーカがあり、カリフォルニア州旗をミックスしたデザイン。

酔っぱらって寒かったので、パーカをいただきました。
それを着た俺と酔っぱらったドッキー。




昨日の酒が残っているようで、今日のお酒との相乗効果で突然眠くなり、ゲストルームで休んでいるところを誰かに撮られ、ここに入っていた。



ありがとう、おかげで休めました。

「さよなら〜マタネ」と玄関先のドッキー夫妻をパシャリ。

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プロフィール
名前:Naki 2009 または船木三秀
HP:NAKISURF
性別:男性
職業:専門職
趣味:海
自己紹介:
 11年暮らしたカリフォルニアからノースハワイ島に住みかえ、毎日クオリティの高い波で波乗りをしています。

 私は波乗り殉教者で、肩書きはプロサーファー、写真家、画家、ルポライター、デザイナーです。

 風が創ったさざ波が合わさり、遠くの洋(うみ)から陽の下、夜の中を駈けてきたうねりに乗る、というような気持ちで波に接している。
 その欲求と探求心は飽くことがないようで、小さい頃からの夢であった世界の海を旅し、自分なりのアウトプットを続けています。

 波を知ることは海を知ること。その深遠無限のインスピレーションを感じ、ゆらゆらと絡まった日々をこのブログで綴れたらなあ、と。

 そんな波乗りの奥深さ、その意識や感覚を文章、写真、絵で表現できたらと思っています。

 同業の方、同じ夢の方、海が好きな方、波乗りを愛する方、この場でお話しましょう。

 ありきたりの道具論に留まらないメッセージをみなさまと創ってみたいのです。

 また、カリフォルニア州、サンクレメンテ発のサーフショップ『NAKISURF.COM』も運営しております。

 こちらは長年培ったサーフ業界のコネクションを活かし、世界で一番誇れるWEB STOREを目指しておりますので、どうぞご覧になってください!

ぜひ!

 どうぞよろしくお願いします。
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