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本日の通常ブログはこちらです



要約: 
ニュータイプとは名匠コール・シムラーの思想「コールニズム」によって出現が予言されていた短く、ネオラウンドノーズデザインのサーフボードである。

これより絶頂期となるニュータイプの他(亜流!?)デザインにBD(ブラックダイヤモンド)、ファイヤーブレードが存在しているが、この公平氏の直線的なリ・デザインが新世紀の幕を開けたと認定されたので、宇宙世紀0001年と認定。

余談だが、これは明治維新ならぬ「宇宙維新」なので、サーファーたちの会話には「維新さん」と、これらの新作をひっくるめて呼ばれるようになったという背景がある。

その「コールニズム」による予言は、2008年12月にパイプラインで催された「マスターズ」で現実となった。

世界チャンピオンX9回を誇る「歴史上の帝王ケリー・スレーター」が同コンセプトのボード『ディープシックス』を使用し、優勝し、これが実際に的中したのです。

このXデイが『*20081212』です。

(*この数字の符号を数秘術のピタゴラス式にて、その「命」を占ってもらっているので、読者のみなさんは少しお待ち下さい)

さて、ニュータイプだが、これは新時代の波や動きに適応進化した概念であります。

それは机上のものだった理論だったのだが、『パイプライン・マスターズ2008年」開催前に日本が世界に誇る名匠、千葉公平氏の手によって現実のものとなったのです。

これによって、さらに優れたサーフボード曲線の構築を可能にし、同時にそれを要求し、より優れた自然支配の手段の出現の結果、伝統的なデザイン基調が自ら解体する、というプロセスがこのサーフボードによって登場しました。

古構造の破壊という、「古来デザイン解体」という悲願がこのニュータイプによって現実となったのです。

「カメハメハ大王1世が1788年頃に使用していた」とされるサーフボード(コアウッド板=Koa wood)が伝承され、古来より現代まで、ずっと優勢であったサーフボードデザインの反復の進化がここに現実となったのでした。

古来デザイン解体から新しい構築「ニュータイプ」への移行は、資本主義における純粋な流れだが、政治的、または革新を良しとしない旧派による圧制が解き放たれた記念すべき瞬間なのです。

ここで、緑茶の飲み過ぎで頭が高回転しすぎなところをエヘン、とまとめますと、このサーフボードにおける『ニュータイプ』とは、一般的なサーフボードより直線を多く使い、ワイデストポイント(最も幅が広い箇所)をノーズ側に持ってくること(ケリーのディープシックスと同じコンセプト)により、直進力と高度な回転能力を達成したことになりました。

これによって湘南の小波からイナリーズ等の掘れ上がる大波において圧倒的な力を発揮するデザインとなり、古来のデザインを解体して新宇宙世紀に舞い降りてきたのが「Newtype」なのであります。

(この項、続きます)
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ドドゲの三浦さんの写真を探していたらもう一枚出てきました。



それをメールしようと思ったら三浦さんからのメールが届き、恐る恐る開くと、

ーーーーー−−−−−−
へへー俺です。

無事に成田に着きました。
寒いね〜。
こんなんだったらずっとホノルルで耐久マラソンしていればよかったぜ。

で、お前のブログを開けたら。。。

ワン・タン・メ〜ン!

お〜い堪忍してや!
もう俺は飽きられているんでたぶん反応少ないよ。
ーーーーーーーーーーーーー

といただきました。↑

で、こう返信しました↓

ーーーーーーーーー
三浦先輩、

ドドゲマニア(1995年の野茂マニアに引き続いて)は現在全国に推定150万人いると世論調査(無作為二段抽出法を使用)で確認されたようです。

じつは各出版社から執筆依頼が来ていて、ホテル・イナリーズにカンヅメに
なって8万枚書いています。

各タイトルは決定しているだけで32(サーフ)あります。
ご確認ください。

1.
「ドドゲに学ぶ自由」

2.
「ドドゲ力入門」

3.
「ドドゲ事情の哲学書」

4.
「ドドゲ式KY回避術」

5.
「なぜ、ドドゲは忘れられないのか」

6.
「居酒屋1000件に聞くドドゲ的においしいおつまみ1000(賞味期限知らず)」

7.
「ドドゲ教育の豊かさを知る」

8.
「ドドゲとドンのあいだ(ドンドドゲ・ムーチョ)」

9.
「就活におけるドドゲシステム」

10.
「ドドゲ発想・論理・思考はこんなに凄い」

11.
「ドドゲ以降の人物論とその魅力」

12.
「ドドゲの歌100集(コード、楽譜、CD付き)」

13.
「ドドゲ論/基礎知識と対策」

14.
「ドドゲ・ネットワークを築け」

15.
「ドドゲは生き残れるのか?『今こそ知りたい資産運用のセオリー』」

16.
「宗教とドドゲ道の歩み方」

17.
「ドドゲ旅行100選」

18
「ドドゲの見た七里ヶ浜1980年代」

19.
「ドドゲ経済学・仕事と波乗りの調和」

20.
「ドドゲからあふれるご利益とは」

21.
「日本人のためのドドゲ道」

22.
「ドドゲ小事典」

23.
「ドドゲを科学する(少年少女誌)」

24.
「男のルーツ:血統、姓から探る「ドドゲネットワーク」

25.
「男の系譜:なぜいまドドゲなのか?」

26.
「ドドゲ文明 黎明・発展ストーリー徹底ガイド」

27.
「ドドゲと歩く横浜たそがれ」

28.
「君へおくるドドゲ言葉365」

29.
「米FRB、ゼロ金利に見るドドゲ流投資術」

30.
「雇用より業績優先のドドゲ親分の部下掌握術」

31.
「ジェリー・ロペスVSドドゲ」

32.
「社員をサーフィンに行かせるんじゃねえ!!!」

これを三浦さんの代わりにしっかりとゴーストライトしますね。

他には、

「ドドゲ日記」、「ドドゲデザインを探る」、「あの世をドドゲさんと探しに行こう!」、「ドドゲ演説集(CD付き)」、「電撃ドドゲ四季報」、「ドドゲ格言から学ぼう!」

とあるのですが、あまりにも忙しいので執筆が一段落してから編集者さんに提案しますね。

それでは銀座でお会いしましょう!

当日は歩行者天国に「ラーメンネムラ」「焼き鳥きよい」の出店が出るそうですよ。

ぜひ〜

ふなき
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


昨日の前編からの続きです。まだの方はこの文字をクリックして、そこからお読み下さい


そういやあ、横浜の吉村屋ラーメン連れていったでしょ、あそこ移転してすげえ場所になったんだぜ、知っている?

あそこに暇な時間に行って親父の手が空くのをずっと待つんだ。
お前連れていったでしょ?
そのうち、親父がこっち見るから、そこですかさず
「メンカタ、味濃め」としっかり親父の目を見据えて言うんだよ。
そうすると、弟子じゃなくて親父が麺を茹でてスープを作ってくれるんだ。
それがうめえんだよ。
客の怨念に親父が応えるという典型だね。
今では「家系ラーメン」とか言って流行りになっているけど、あれは吉村屋の親父が流行を作ったんだぜ。
お前そのことはわかるよな。

後はシーガルの相良が正面左の誰もやっていないところでいいカービングさせていたけど、あいつは内股でさ、天才だったよな。
波乗りは抱井さんと似たタイプだったね。

あの頃はあそこには名前付いていなかったんだよな。
最近じゃ「への字」とか言っているけど、あそこは相良とか吉川に代表される河野さん一家の金沢八景の連中が集まってたよな。
アベジュン(AJ)とか磯崎、稲さんってのもいて結構うまい奴らが集まってた。
最近じゃサーフスケートとか言って、あいつら有名になったけど、元はと言えば正面の連中だぜ。

ドロップアウトの笹原くんに土井さん、社長のエドさんもいたね、彼らはエドでやって、土井さんは峰。

コジキにはチュウとか、後から細谷のウーさんとか、細谷おばさんたちが入るようになって、ナニオもこの頃、波乗りを始めたんでしょ?
お前とケンタッキーのバイトで知り合ったって聞いたぞ。

後はコスミックで店長やってた高田君とか、香取。

そうだ、チビマツ(山本四郎)があっちにはいつもいたな。

小動の漁師の息子で金子ってのもいたけど、あいつ波乗り辞めちゃったでしょ。

小動と峰と正面は大潮周りならどんなにフラットでも波乗りできたよな。
地形が変わっちゃったんだろうね。

そういやあモナコ(公国)でコックやってたコジマも最近戻ってきて、また波乗り復活しているな。

アークのイガちゃんに斉藤ジュンタ。

イガちゃん死んじゃったんだよ。
ジュンタはロスに行ったんだって?
たまには会ったりするのか?

そうだ、鎌倉高校の横に小さなサーフショップがあったよな、名前なんだっけ?
忘れちゃったよな、なんだっけ?
どっちにしても死ぬほどはやらねえ店だったから記憶も薄いよな。

峰の美佐くん家横にも鎌倉イージーがあったり、ナガヌマが店やったりしてたよな。
今は自転車屋だっけ?

イージー/ナガヌマにはコフナキってお前の弟子もいたじゃん。
あいつらのひとり、グーフィーの誰だっけ?
上手い奴いたじゃん。
そう、シゲには良く会うぜ、後は誰だっけ?
そうだ、マルにカメだ。

俺たち鎌高前には絶対入らなかったよな。
トーキョーポイントとか言っちゃってさ。
あの頃やっぱ全員変だったよな。

由比ヶ浜には山田達也に渋い波乗りをする小板橋もいたぞ。

後、地主くんもいたね、ナチと佐藤の友だちのショウもいたな。

イージーの上ちゃん、コアラ、大和のコアラ、大和の村山ダイスケ、大和の中村レイコってのもいたね。
レイコは地元で銀行員になったけど、あいつちゃんと勤め上げたのかな?
もう結婚しちゃっているんだろうね。
太ってたけどいい女だったね。

天野アキは杉の奥さんになっちゃうし、もう時代感じちゃうね。
あとはヤー君でしょ、角田和代に久美ちゃん、そうだ、ホットバタードにブギーボードチームってあったね、白鳥さんだっけ?
久美ちゃんとローカルタウンの店長が結婚したんだよな。
後にホットバタードのライダーになったのが美佐でしょ。
美佐はほんとに上手かったよ、天才だよ。
あまり評価されていないのが悲しいね。
みんな見る目がねえんだよ。

ローカルタウンには正一っていう店長もいたね。
あのころ結構ローカルタウンに行ってたな、俺。
そうちゃんの奥さんが飲み屋とレストランやってて、よくそこでエビチリ食べてたよ。

「ロアのマスター」って言う人もいたねぇ。

ホットバタードの社長だったジミー山田さんがテリー・フィッツジェラルドを連れてきて、俺と一緒に夕飯食べたんだぜ。
ジミーさんのガイジンの奥さんがやり手でさ、あの頃あの人いい商売してたんじゃないの?

ホットバタードの店長にタケシっていたね。
そして健坊(吉田新一)だ、でもなんであいつ健坊って呼ばれてたんだ?

腰越の焼き鳥屋「きよい」はまだあるけど、もうあんま行ってないね。
お上がさ、最近飲酒がうるさくなっちゃったからビール飲まないで焼き鳥食っても、うまくねえもんなぁ。
しょうがねえから地元で飲んでるよ。

そういえばプロになった風鈴もいたし、その弟も半端じゃない波乗りしてたね。
バックサイドなんか土下座しているみたいに重力逆さまになっちゃっていたもんな。
オーストラリアだっけ?
あっちに行って帰ってきたときはキチガイみたいな波乗りしてたね。
あれなら簡単に世界に出られたでしょ。
結局世界5位とかにばんばんなってた日本人って、結局あいつだけでしょ。
そんなのを出しちゃう鎌倉はやっぱやばいね。

あとは、プロだと竜なんかは小さい小学生でさ、おとなしい奴だったよね。
なつかしいね。

それと、上條兄弟の登場にはびびったね。
恐ろしい親父が正面の階段で腕組みして子供たちの波乗りを見ているんだ。
雨の日もそうやって見ているんだよ。
で子供がワイプアウトすると頭から湯気を出してた。
ほんとだぜ。

この子たちに前乗りしたり、いじめたら一本背負いしてやるから、っていう気迫があったね。
あれはまさしく「巨人の星」世界そのもので、俺とお前で「思いこんだら〜♪」というフレーズから「コンダラ兄弟」って影で付けたっけ。
懐かしいねぇ。

あの頃の噂では、あの親父さんは捜査一課のデカ長だ、って言われていたけど、大船署の部長だったってね。
柔道六段、剣道三段、空手三段だったらしいぞ。
話すといい人でさ、そういえばお前宮崎に行くフェリーの中で親父に悪さして、首を絞められたでしょ、あの親父はかなりやばいのがわからなかったお前が悪い。
夫婦で単車転がして千葉まで息子たちの応援来てたよな。

他に波乗りした場所?
逗子、茅ヶ崎、鵠沼?

あんまあっちは行かなかったなあ。
なんたって「カワムコウ(川向こう)」だからね。
こっちでエバっているから向こうに行くとやられちゃうんだよ。
恨み買った憶えはないんだけど、まあ、切ったはったの時代だったからね。

吉浜にはよく行ったけどな。
あっちはあっちでやべえ奴がいるんだよ。
西湘はやべえよ。
前乗りしようとしただけで、「この野郎殺すぞ!」って脅かされちゃって、「すいません」って言いながら逃げて駐車場の脇で隠れていて、そいつが帰るのを見てからまた戻ったら、なぜかそいつが戻ってきて「この野郎!」ってまた来るから俺もキレて、階段の横でチョーパンくらわせて逃げてきたっけ。
あいつ今何やっているのかなぁ。

そのころの鎌倉はさ、恐ろしい先輩ばかりで俺も突っ張っていたからその怖さがわかるからね、兄さん方がみんなこえーのなんのって、でもなめられたら終わりだと思って俺もいつもびしりと気合い入れてたな。
台風で沖に出られなくなると、腰越から江ノ島の脇を通って出て行くんだよ。
それでさ、わざわざ正面の前で波を待つわけよ、波なんかもう相模湾一本でつながっちゃってぇ幅40kmのダンパよ。
ちゃんと地図見て調べたから確かなんだけど、40kmのダンパなんだぞ、一直線で波がズドンと崩れるんだよ。
すごいべ〜。
本気よ、台風ってすげえよな。
とにかく、それをさ、みんな駐車場から見ているか確認して、セットの一本目にチョッカリってわかるべ?そのチョッカリスタイルにならないように気をつけてレイルを入れて真っ直ぐ降りるのよ。
で、上がってきて駐車場でみんなに「すごいですね!」って言われると「おー!これやんないとサーファーじゃないでしょ〜」ってエバるのね、内心ヒヤヒヤだったけど、そのエバりたいがためにわざわざ腰越まで行って沖に出るわけよ。

そうすると兵藤(オーシャングライド主宰)が、「おぅ、ミウラやるじゃん」って言われて、じゃ本ライダーにしろよ、といつも思ってたけど結局あの人は俺を本ライダーにしなかったよな。

あの頃の本ライダーは太郎(平野太郎さん)でしょ、杉(平野杉さん)でしょ、彩子(平野彩子さん)もいたね、あれは美佐(湯山美佐男さん)がやめた頃かな?
みんな半端じゃなく波乗りが好きで、そしてうまかった。

で、ショップライダーに俺と佐藤、そしてカズ、あと誰だ?
コヤちゃん?
ジョージだ。
ジョージってやっぱさ、やべえ奴だったよ、あいつは本物だね。
エアジョーダンも1の頃から全色持ってたもん。
あんな流行をわかっている奴は周りにいなかったでしょ。
すげえよ。

かほりちゃんもいたな。
あの子は今では有名な占い師だって聞いたぜ。
佐藤はネコアレルギーで、ムスターファーが好きなんだけど、「ムスターファーごめん、俺はアレルギーなんだ」って鼻水流しながら撫でてたっけ。
佐藤は太って、昔の面影がないって言うね。

オーストラリアに行った裏さんもいたね。
あの人が一番けんかが強かったな。

あとケムマキ・ケムゾウみたいな眉毛した村田さん、この人もライダーだったな。
ハワイに行ってネズミ構にはまったって聞いたぞ。

お前も夕飯に呼ばれて誘われたのか?
ネズミ講やべえよな。
結局、姿を見なくなっちゃうんだからあんなの止めとけばいいんだよ。
友だちや親兄弟を騙すんだから洗脳ビジネスだね、あれは。

あまり海にはこなかったけど、その一派にズシってのもいたな。
まじめそうな黒ぶちのメガネかけてたね。

そういやあオーシャングライドの初代クラブ長は時田さんって人だったね。

ナチもライダーだったっけ?
「珊瑚のナチ」ってなんだ?ナチスなのか、こいつは?って最初に会ったら良い奴でさ、今あいつ何やっているの?

え?マッターホルンで登山ガイド?

やばいでしょー!あそこ死ぬぜ、そこでガイドやっているのは異常だよ、やっぱあいつはすげえ奴だな。

稲村のフミちゃんもそっちにいるんでしょ?
闘牛岬ローカルだって?
じゃあコレもんで20発くらい当てちゃってる?
いいなー、あそこ大きくなると掘れるべぇ〜?
隠してもおれにはわかるんだよ。
あそこ、レーシーピークみたいだったもんな。

お前やっぱむかつくね、こっちがずっとフラットで、茨城行っても膝腰だもん、嫌になっちゃうよ。
なんでそっちにだけ波があるんだ、って嫉妬でお前の首を絞めたくなるね。
憎いよ、ほんとに。

でもこうして餅つきみたいにハイ、トン、ハイ、トンって遠くに霞んだ記憶を出し合っていると結構名前出てくるねぇ。
もう忘れていたことがたくさん蘇ってきたよ。

ねえこれさ、書いているのなら年鑑みたいにどこかにとっておいた方がいいぞ。
ブログはだめだよ。
書いたらシメるからな。
わかるべ。

でね、茨城行くとさ、若えのが「ヘイ」って言いながらせっかく来た俺の波を抜けられないのに乗っていくんだよ。
あまりにも同じ事ばかりするから、どうせ俺のことジジイだと思ってなめているんだろうからいいかげんにこっちもキレて、わざと前乗りして「わめくな」って言ってやろうと思うけど、言うとまたもめちゃうからさぁ、大人しく「すいませーん」ってやっているんだよ最近の俺は。

まあ大人の知恵がついたということだな。
あーいう輩はいつかぶっとばしてやろうとは思っているけど、思うだけでさ、もう手が出ないよ。

まあ今度茨城行ってさ、そのブログに載ってた焼きハマ屋に行ってがっつり食おうぜ、それよりも逗子モンクス行くでしょ〜。
なつかしの。
また土井さん連れてこいよ。
あの人は分かっているよな。
なんたって、あのリプレイの社長でしょ?
俺六本木ヒルズの現場のとき、あそこの店見てびびったぜ。
あんなところに店あるのやばいでしょう。
そうだ、俺にもジーンズくれって言っておいてよ。
サイズも言っておいたほうがいいかな?
ちゃんと言っておけよ。
おめえばかりいいものせしめてズルイのは俺たちの間では無しだよ。
わかってんでしょ、そこんところヨロシク。

キンチャンにもまた会いたいね。
このあいだ、9号だっけ?そのときにさ、キンチャンズ行ったらさ、岸くんがね、「七里の人は七里に帰ってください」って笑い顔で言うんだけど、目が本気なのよ。
あの人だって七里来て波乗りするんだから堅いこと言いっこなしだよなぁ。
ほんと。
料簡狭いって言ってやりたいよ。
まったく。

温泉?

伊豆の温泉もいいねー。
あの滝の中で「波、掘れてます!」って言いながらチューブの格好だけはするなよ。
波乗りを知らねえ人が見たらあれはただのヤク中だからな。
あんな冷たいところでやったら心臓麻痺で死ぬからほんとにやめておけよ。

え、それは俺だって?

俺はそんなことはしたことは一度もねえぞ。
また適当なことをブログで言ったらシメるぞ、ほんとに。
困った奴だ。
おめえみたいに勘違いだけでここまで生きている、っていうのはすごいね、尊敬できるよほんと。

もう俺は寝るからな。
じゃあな

ガシャリ

(終わり)
俺です。

最近腰が痛くて波乗りしていねえんだ。
酔っぱらうと余計痛くなるつーけど、酔わなきゃやってらんないぜ、全く。
またニシグチでワインラッパ飲みしてえなあ、あれはうまかった。

おー、それでおめえがさ、紹介してくれた湘南台にある先生にもかかったけど、あの人は腰痛も末期になんないと手術してくんないだって、俺みたいに痛えって言っているだけじゃ、レントゲン撮って3分だけ問診して返されちゃった。
まあ、最後になったらあそこに行けばいいんだな、ってわかったけどさ。
誰か助けてくれる人いないかな。
ふなきの知り合いすげえ人いるべ、紹介してください。お願いします。

体がさ、年取ってくると、あっち痛え、こっちもだ、ってもう嫌だよ。
若い頃はさ、寝ないで仕事して朝から海行って、それからまた仕事して、夕方また波乗って、また現場戻って仕事してって、やってたけどなんともなかったもんな。

まあ、これが自然の摂理ってもんで、しょうがねえか。

俺もオンボロだもんな、車風に言うと34年式だもんな、こうなったら完全レストアでしょ〜。

そーいえばおめえが「ドドゲ」って言い始めてから海でも「ドドゲさん〜!!」って言われたり、この間は東戸塚の駅で「サインください!」と言われてびびったね、あれには。
影響力、っていうの?
それがあるね、お前のブログだっけ?そうあれはパワーだなやっぱり人生は、言ってることがわからねえ、って?
ホントはそう思っているんでしょ?
もうやめろよな、俺はおめえと話すと言いたいことがいっぱいになって、わけわかならくなってくるんだよ。

なんの話してたっけ?
そう、ドドゲだ、それでな、そのドドゲステッカーまだある?
あったら下さい。
ヘヘー、あれあげるとみんなヨロコブんだよ。
俺の車にも貼ってあるしな。

でも最初の頃はあいつこんなところでドドゲって言っている〜、ってかなりむかついてたんだぜ、ほんと。
おもしれえからわざと言ったのにギャグって分かれよなホント。
まあ、いいや、おかげでこの年になっても新しい友だちも増えたし、まあドドゲさまさまだよな。

サマサマとくりゃ、バリ行きたいね〜
ピッチャとヌサドアでこんな掘れたの乗って、グリンってこれもんで板返したいでしょ〜。
ビンタン飲んでさ、うめえサテ喰って。
シメはナシチャンプルなんだけど、俺はあの辛えのが苦手なんだよ、レストランのさ、ボーイに「赤いの、辛いの、入れるなよ、わかったな!」と念押しして、ボーイはしっかり俺の目を見て「ダイジョブ〜」って言うから「よしよしチップ1000ルピーはずむぜ」って安心するわけよ。

でな、チャンプル持ってくると、赤いのがぁしっかりそこにのってやがんだよ。
「だめだよ〜、あいつまったくダ、メ、わかっていない、の50乗!あいつ1000ルピー損したね〜」と怒りながらそれをよけて食うんだけど、ちょっと赤いのくっついているだけで、辛えんだよあれものすごく、日焼けしたクチビルが火を噴きそうになって、でさ、もっと怒りながらビンタンで流すとこれがまたうめえんだ。
それから俺は辛味に目覚めたね。
でさ、帰る日がくるわけだけど、毎回さ、ピッチャやスウィトラとが、口を揃えて「アシタカラうねり来るヨ〜」っていつも言うんだよ。
でね、あんまりにも居心地がいいからさ、バリにいる日程を伸ばそうとして専務に電話すると、「シャチョー、そんなことできるわけないでしょ、クライアントがみんな待っていますから」って冷たく言われてあきらめちゃう優等生の俺がいたり、まあ、しっかり日焼けして、さみい(寒い)って言いながら成田に着くのがいいんだよな。
あ〜バリ行きてえな〜。

ん?なになに?
イナリーズに来いって?

ばかやろう、あれは人様の乗る波じゃねえんだよ。
おめえだって刺さりまくりでしょ?
これもんで海面底まで掘れちゃっているのに乗る奴はアイアンズだけにしておけばいいんだよ。
もしな、俺があれに乗ったら体バラバラになって、レストアどころじゃなくてもう廃車になっちゃうでしょ〜
このあいだのヤマネコ島のビーナスだって、あんな掘れちゃうのやばいでしょ〜
あそこタヒチのなんっていうの、レフト激掘れの波だよ?

そう、そのチョープーなんたらみたく掘れちゃうんだからヤバイねあれは。
毎日乗っている徳ちゃんなんか体の幅と厚みが異常だもんな。
清原かと思ったぜ、肉体改造って言いいながらササミ毎日食べてあの波を喰らっているとああいう体になるんだろうね。

それでさ、船木文学に触発されて俺もその文学をやってみようと、ヤマネコ島からずっと携帯で書き続けてきたんだけど、めんどくさいからもう止めたんだ。

俺のガクレキはさ、なんったってスペクターだからさ、おもしれえことってさ、もうなんでも勘でわかっちゃうんだよ。

俺らの時代はね、単車全開でさ、ヨシムラ直管、エキパイ、バッフル、CB、Z2(RS750)とかいじっていて、もう波乗りなんてナンパもんのすることだ、って言って「あんな海遊び」は目じゃなかったね。

でもな先輩が波乗り始めて、「おい、あれ最高におもしれーぞ三浦!」ってビックリマークつけて言うからね、先輩、そんな単車乗るよりおもしれえんですか?って聞いたんだ、で、波乗りに言ったらね、もう俺目覚めちゃって、毎日乗りに行くほどはまっちまったんだなあ。
パー券売ってボード買って、暗い内から行って波乗って、家帰ってボード直して、単車いじってる時間がなくなっちゃったなあ。
昔はほとんど毎日波乗れたぜ。

ん?
どこで波乗りしたかって?

ロアでしょ〜
あのころはさ、まだロアが良かったんだよ。
これもん(きっと手で波の形をしている)で掘れちゃうんだ。
テイクオフしたらそのままかがんでりゃいいんだよ。
そしたらチューブでしょー。
出てきたら、「こんなの小せえな」ってかっこつけんだよ。
メイクして喜んじゃうのは田舎者のすることでしょ。
例え10フィートのチューブをメイクしても
「こんな穴、小せえなあ、もっとやべえの来ねえかなあ」って斜めの目でいきがるのがポイントだね。

何?
そんなに昔じゃなくて、お前が波乗りを始めたころの話をしろって?

うーん、記憶が混ざっちゃって難しいけど、まあなんとか思い出すよ。

そのロアにさ、おめえの元師匠だったナガヌマの下重さんなんかも来るんだけど、波が掘れちゃって掘れちゃって、でも行くんだよあの人変に根性入っててさ、バックサイドで、でも思いきり刺さっちゃって、沖に戻ってきたら「ここ良くねえ」って捨て台詞吐いてさ、エド(西隣のブレイク)にいっちゃうんだ。

薫(大野薫さん)も現役バリバリでさ、あの人やっぱかっこよかったね〜
美佐もさ、いい感じの波乗りでさ、「最高じゃん」っていつも言っていたんだ俺たち。
松岡くんに泰介さん、そして岡本さん、沼さん、そうちゃん、よっちん、アトムくん。
田川くんに磯部さんは玄人ごのみのサーフスタイルだった。
あまり交流なかったけど、川南たーちゃんと、カツ川南さん、出川さんは伝説だったな。
ラッシュの岡さんはボクサーあがりだったって言うし、デンチンもいたね。
蓮沼さんもいたね、その甥はハワイだって?
梅ちゃんにあと誰だ?
稲村にケーキ屋の川添ってのもいたね。
その親戚がサーフィンライフにいて、今編集してるべ。
お前の友だちでしょ?

ビーバーさんもアメリカに行っていたけど、ちょうどその頃アメリカから帰ってきたんだ。
最高だよね。

あとは翻訳やってたジローさんでしょ、バードウエルの河野さん。
コジマっていうのも憶えてる。
鈴木なんたら、井上っていうどうしょうもないチョッカリ(真っ直ぐしか滑られないサーファーのこと、ドドゲ造語)もいたね。

ナガヌマの大友さんは忘れられないね。
朝早いつーか、暗い内から毎日やっているのはあの人だけだったよね。
ハードコアな人だよ、あの人は。
まだ毎日あれしているんだぜ、もう頭が下がるよ。

でもな、やばい時代だったね、あれは。

そういやあ、○○さん(船木自主規制)が「マデカシムが来たから飯行こう!」って珊瑚礁に行くんだ。
そうだ、あの時お前もいたな。

みんな並んでいる一番前に行って、○○さんが「予約が入っていないのか?」って大きなダミ声で言うんだよ。
そんな予約もなにも入れていないからよ、バイトがびびって支配人を呼ぶと、支配人も分かってて、つーか暴れられたらまずいと思うのか、
「あー!入ってました入ってました」
と調子良く言って、次からは俺たちの番が来るわけよ。

しかも18人とかで行っているから最初テーブルがバラバラで、それがだんだんくっついていくんだな。
でね、ビールガンガン飲んで、ガーリックポテト、アンチョビポテト、サザエ、サカナのグリル、ビーフサラダ、サテにスペアリブにカレー食って、飲みまくって、でれでれになってデザートも2つくらいづつ食べちゃってしっかりと店の閉店までいてさ、他のお客が帰った頃に支配人がすーっとやってきて「○○さん本日のお会計です」って伝票を椅子より低く持っているんだよ。
そうすると○○さんがさ、それをずっと無視しているんだよ。
無視だぜ。
無視はやべえよな。
俺たち少し凍りつくんだけど、酔っぱらっているからそれを忘れてまた違う話をしているんだよ。
でね、あまりにも動かない支配人から逃げられないのを知った○○さんがやがて「おー、ツケとけ!!」と大声で言うんだ。
それを聞いてみんな顔が引きつるんだよ。
「そんなになってたのか、この飯はやべー」って。。

するとなその支配人はさ、小声で「いや・ずっとついているので、今日だけはお願いしますっ」ってもうほとんど土下座状態で言うわけよ。

そうするともう一回今度は低い恐い声でな

「ツ・ケ・だぁ」

と3語だけしっかり言うのよ、するとするするーって支配人がエビみたいに後ろ向きで下がっていって、それからもう2度と姿を現さないんだぜ。
やばいよあれは。
犯罪だよな、無銭飲食だぜ。

俺たちが帰るときは何も知らないアルバイトが「アリガトアシター」って言うところを「おっ!ごちそうさん」って言いながら帰って行くんだ。

店を出てから俺が「いくらでしたか?」って聞くじゃん、したら「俺のオゴリだ〜」って言うからみんなで「○○さん、ごちそうさまでした〜!!」ってそこで散会よ。

マデカシムはそれから藤沢の新地に行ったって聞いたけど、あいつバリまで帰れたのかな?

でもさ、あれじゃほとんど暴力団並だったけど、後から聞いたらあの人たちの間で色々ないさかいがあったみたいだよ。
それであんな嫌がらせをしていたんだってね。
まあ俺たちには関係ない話だね。

まあ、それからロアだけじゃなくて七里正面、そして峰が俺にとってのシマとなったんだ。

それからお前が峰に来て、モリタンこと石森、ツー、ザイチもいたね。
後からモンクスができたんだ。
飯はうまかったね。
金光くんがコックやってて、あの兄弟は天才だね。
もうあそこになくなっちゃったけど。
あれが七里の黄金時代だったね。
あそこのムスターファーを撫でると波が上がるとか言っちゃって、そんなんで寄ってたかってあのおとなしいムスターファーを捕まえて撫でてるとあそこのフランス人の奥さんが露骨に嫌な顔をするんだよね。
なつかしいねぇ。

駅前のパン屋、新井屋だけどね。
あそこは昔八百屋でさ、そして改装してケーキとか菓子パンを売るようになったんだけど、そこがファンシーな白い壁になっているのに親父はさ、まだ八百屋が抜けられなくて、八百屋の汚え前掛けして「らっしゃい、らっしゃい」って渋い低い声で売っているのがミスマッチの頂点で面白かったね。
あそこのフルーツサンドがうめえんだ。
まだあるんだっけ?
コンビニなんかなかった時代だからな、若い奴にアイス買いに行かせたりしたなぁ。

あとは昔のドロップアウトの前にあった坂巻商店でしょ、あそこは新井屋が休みの時に行くんだな。
そして駅とローカルタウンのあいだにあった「ウラメシ(裏飯)屋」ってあったよな。
本当は「行会食堂」って言うんだよね。
あそこは漁師の親父が料理作るんだけど、鯵をたたいたり、魚がやたらうまかったんだ。
とにかくアトムさんがよくそこによく行ってたね。

後はネムラ食堂(腰越駅前)の出前でしょ〜。
あそこ不思議な味がするんだけど、はまるとうめえんだ。
もうあの店もつぶれちゃったしな。

駐車場にはさ、○井さんがいつも違う女連れて来て、酒飲んだりBBQしたりしているんだよ。
あの人波乗りはさっぱりうまくなんなかったけど、死ぬほど正面が好きだったんだね。

金寿司って奴憶えているか?

そう、そういやあ斉藤秀樹っていう本名だったよな。
なんでお前はそんなことまで憶えているんだ?
みんな金ちゃん金ちゃんって言ってたから金太郎っていう名前だと思ってた。
背が小せえのがコンプレックスみたいで、背伸びしながぴょこぴょこ歩いてたな。
あいつもモリタンと一緒で、どんなことをしても正面しか入らねえ奴だったな。
あいつ変わっていて、変でおもしろい奴だったな。
今は何やっているんだ?

ふーん誰も知らねえのか。

それにしてもツーは傑作だったね。
おめえらがいじめたから故郷に帰っちゃって、かわいそうだったよあれは。
試合も出てたでしょ。
あんまり勝てなかったけど、お前たちと同じヒートじゃ、乗る波もねえから勝てるわけねえよな。

そうそう、最近マーボーに良く会うぜ、マーカスは何をやっているんだ?

モルガンスタンレーの日本社長!?
すげえなあいつ。
やっぱ半端じゃなかったね。
あの二人はガイジンだから波乗りもうまかったって、ね。
ガイジンにはかなわねえよ。

マーボーはさ、サンディエゴで世話になったんだけど、その時のあること無いことをみんなに言いふらしているから、一度シメてやりたいんだけど、あいつの顔みちゃうと何も言えなくなるんだよ。
天真爛漫つーか、いい顔だよな。

そういえばシェーン・ホランもスターフィンを売り込みに来たね。
変なサーフィンだったけど、うまいのなんのって、ガイジンはやばいでしょー、って言いながら見たのを憶えている。

耳鼻科のカク、ソバヤでバイトしていた松川、名前忘れちゃったけどチビの、なんだっけ、チビの奴?

ヨッチ!
そうだ、ヨッチもいたなあ。
七里キッズは後、ターゲにタカオに田頭(ユウスケ)、井口にガメラ、村山ダイスケかな。

俺の不肖の弟子でウニってのもいたけど、あいつ心身症になっちゃんだんだぜ。
サンディエゴ行ってから頭がヘンになったんだ。
あれはドラッグやり過ぎでしょ。
やばいもんはやらねえほおがいいって、体あっての人生でしょ。
逗子のハイランドに住んでいたあいつのお母さん今頃泣いているよきっと。
悲しいねえ。

わざわざ横浜中華街から来ていた陳コクリューってのもいたね。
グーフィーの奴でさ、あまりっていうか無口でほとんどしゃべらないんだよ。
中国人だからしゃべれねえのか?って言ったら突然「俺シャベレルヨ」って言うから、
「おめえ、それなら今度肉まん持ってこい」って脅かしたらその次にちゃんと肉まん持ってきたっけ。
それがめちゃくちゃうまくてね、「コレ幾らするんだ?」って聞いたら500円って言うんだよ。
そんなに高いものくすねてきちゃダメだよ、って説教しながら食べた味だった。
あいつ弟とか妹がいっぱいいるんだよ。
難民だったのかもな。
いい奴だったよな。
高校卒業した後、渋谷スペイン坂にあった「オクトパスアーミー」ってナンパな洋服屋に就職して、その時に会ったらガイジンにかぶれていて、「ミウラさん、俺はチンコ・クリューじゃなくて、チェィン・クーロンですから」って強気で言うんだけど、どっちでもいいよ、そんなのって言ってやったんだ。
あいつ結局台湾に越したんだってね。
今は弟と二人で台湾でナルーワンってサーフショップやっているらしいぜ。
今度一緒に行ってまたあの肉まん食べようぜ。


(携帯の文字数制限があるそうで、後編に続きます)
「わしらさすらい波乗り隊」は河津の温泉についた。

立看板に「曽根様御一行」とあって驚く。

すると、カビカのあっちゃんが予約すると「カビカ様御一行」となるのだろうか。

タオルなし、浴衣なし、布団を敷くサービスなし、もちろん食事もなし、という一番安い料金設定の部屋だったが、本日は宿泊者が少ないため(恐怖の)別館ではなく、本館に泊まれるという。

部屋に入ると、テーブルのお茶菓子も下げられた。(笑)
山間部で肌寒いので暖房も入らないのか?と確認すると、それは大丈夫で、なおかつTVも見ることができた。

ここは最近のデジタル化を無視するかのような「昔なつかしのチャンネル設定」だった。

1、3、4、6、8、10、12

と回して行き、自然とNHKにチャンネルが止まる。

天気予報が秀逸で、天気図を詳しく、上空の雲の状況を衛星図からこと細かく、かつ淡々と放映している。

さすが日本のTVだなあ、と感動しながらチャンネルを回すと、民放は似たり寄ったりのCM合戦で、この「氾濫するコマーシャリズム」に懐かしさを憶える。

カップラーメン、マクドナルド、コカコーラCMに心が躍る。

ああ、サザエさんが見たい。

さて、昨日のボードはアライアというらしく、直人さんのボードは25号だったが、先日の白里試乗会にも来ていたマリン企画の辣腕編集者MIOさんが#10を持っているという。

しかも2005年と刻まれていて、2年10ヶ月過ぎた今も色褪せず、さらにはその牛歩スタイルのボードナンバーの進みにハンドメイドの重みを知った。



温泉に話を戻すと、俺たちは「'80年代外人サーファーの名前を言う競争」というのを思いつき、トム・カレンと俺が先頭を切り、あっちゃんがトム・キャロルと答え、きんちゃんがマーク・オクルーポ、リリーさんがケリー・スレーター!と答えるが、彼は90年代なので、いきなりアウトとなる。
(今考えるとケリーは80年代もサーフしてメディアに出ているわけだから正解だった。リリーさん、ごめんなさい)

もっと名前を出したい俺はじゃあ3アウトで終了としよう!

とルール改定し、ロニー・バーンズ、ショーン・トムソンと回ってきて、リリーさんが2アウト。

マーチン・ポッター、ジェフ・ブース、ディーン・ケアロハの次でリリーさんは答えられずここで終了。

そしてデビッド・エガース、ゲーリー”コング”エルカートン、ジェームス”バード”マヒロナ、シェーン・パウエル、トッド・ミツイ、サイモン・ロー、リアム・マクナマラ、ギャレット・マクナマラ、レイアード・ハミルトン、ジョン・ダン、リチャード・シュミット、ブラッド・ガーラック、ジョン・シムーカ、マイケル”ムンガ”バリー、トッド・チェイサー、コーリン・スミス、スコット・デイリー、バテンス・カルヒオカラニ、キャルビン・マエダ、マイク・ランブリージ、デイブ・パーメンター、マット・ケックリー、ウエス・レイン、トニー・モーニス、マービン・フォスター、ブライス・エリス、ニッキー・ウッド、アレックス・アッシャー、ジム・ホーガンと一気に出た。

さすが全員強度のサーフィンオタクである、とヨロコビうなずきながら、止まらなくなってきた。

ピーター・キング、ウイリー・モリス、リチャード・クラム、ロス・クラーク・ジョーンズ、ファビオ・ゴーベイア、フラビオ・パダラッツ、クリス・フロホフ、リッチー・コリンズ、サニー・ガルシア、グレン・ウイントン、トッド・ホーランド、スチュワート・カデン、ボビー・オーエンズ、ジェリー・ロペス、ジョニー・ボーイ・ゴメス、マイケル・ホー、デレック・ホー、ジョーイ・ジェンキンス、アラン・サルロ、シェーン・ホラン、マーク・フー、カトゥ・メンダ、マデ・カシム、スコット・フランソワーズ、ディノ・アンディーノと出たところできんちゃんが2アウト、あっちゃんが1アウト、俺が無傷であった。

雨が強くなってきた。

さらにマーク・リチャーズ、ウエイン”ラビット”バーソロミュー、ジェイミー・ブリシック、ジェフ・ハックマン、マーティ・ホフマン、クリスチャン・フレッチャー、ハービー・フレッチャー、ソートン・ファレンダー、ノエル・グラハム、マシュー・ピッツ、マーク・リデル、PT、テリー・フィッツジェラルド、ニール・パーチェスJR、マイク・パーパス、コーリン・スミス、グレッグ・マンガル、アンディ・フォーメンコ、ヴィンス・デラペニャ、クリス・ビリー、マイケル・トムソン、マイク・クイックシェンク、ドノバン・フランケンレイターと出たところできんちゃん終了、あっちゃん2アウト。

のぼせてきた。

俺がさらにジェフ・パーカーと切り出し、イエン・ケーンズ、ジョック・サザーランド、デビッド・ヌイーヴァとなったところで、彼らは70年代まででは?と協議されたが、サーフィンを続けていれば好しということとなり、ロリー・ラッセル、ジャッキー・バクスター、レノ・アベリラ、コーキー・キャロル、スティーブ・ペスマン、グレッグ・ノール、サム・ホーク、ミッキー・ドラ、チャック・デント、ロバート・オーガスト、マーゴ・オバーグ、キム・メアリッグ、バリー・カナラウプニ、デリュー・ハリソン、ベン・アイパ、クラウド・アイカウ、ランディ・ラリック、ナット・ヤング、ビル・ハミルトン、ジェームス・ジョーンズ、ラリー・バートルマン、オウル・チャップマン、ジョイス・ホフマン、と往年組が出てきて、これまでの名前の洪水ですごいことになってきた。

すでにのぼせたあっちゃんも3アウト。

まだまだ出てくるので続けた。

マイケル・ピーターソン、ブライアン・マクナリティ、ピーター・マッケイブ、ルーク・イーガン、ロス・ウイリアムス、ジョー・エンゲル、ウエイン・リンチ、ロビー・ペイジ、ジェフ・ノバック、ピーター・メル、ストライダー・ワルズアスキー、デイブ・ミラー、おっとマット・アーチボルドを忘れていたぞ。

ベティア”ポト”デビッド、ブロック・リトル、ヴィンス・クライン、アンソニー・ルフォー、ハンス・ヒデマン、サイモン・アンダーソン、ジム・バンクス、テリー”リチョー”リチャードソン、ジョン・ロズマン、バジー・カーボックス、サム・ジョージ、ジョイ・ブラン、デイビー・スミス、デビッド・バー、ランス・カーソン、ジョージ・グリーノウと出たところで全終了。

まだまだ欠けていると思うサーファー名前録。

この人こそ!という1980年代の外人サーファーを知っていたらコメント覧に書き込んでください。

と3時間に及ぶ入浴体験は、全員の最長記録であり、ふらふらになりながら部屋に戻ったのだった。

翌朝はまだ大雨で、リアルビーチで軽くサーフしてから松風王国に戻る。

帰りにミニストップで食べたベルギーチョコレートソフトが秀逸であった。



無事カビカ邸に到着し、片付けはじめると、きんちゃんが「おい、財布がないよ」とあたふたと車内を探し始めた。

最後に見たのはそのミニストップ(伊豆高原)であるという。

その店のレシートも捨てちゃったしなあ。

と全員で探すが見つからない。

各自が自車に荷物を移した頃、「あったあった!よかったーー!!」ということで、無傷の終了!

お疲れさまでした。

松風王国に戻り、夕食を松風駅に求め、USKEさんの行きつけの店で金目鯛のカブト煮付け。



出汁醤油と、みりんのシンプルな味付けにしびれながら、もう寝てしまった頭をクラクラさせながら、泣きながらブログを書いて「おやすみなさい」と終了。

この低気圧の通過で、波は出るのだろうか?





波はまあまああるんだけど風が悪く、ホワイトハウスでは強風横風。

そこで、闘牛に行きサーフする。

ここでなら朝夕はオフショアでサーフできます。
(夕方はハワイアンだらけになるので、朝限定で行っています)



ひさしぶりにAVISO BD3に乗り、その幅の広さの創りだすターン性能にびっくり。

ピストルというガンタイプもいいけど、ターンがどうしても大回りになるんだよな。

そしてハワイの運転免許を取得してきました。
ハワイ州の運転規則は独特で、それを学ぶのに苦労しました。

今回はDMV(ドライビング・モーター・ヴィークル=つまり免許試験場みたいなもの)の総督ヴォアンにかなりお世話になっちゃいました。

やっぱりサーファーのつながりってすごい。

ヴォアンは今度、西側のシークレットに連れて行ってくれるというので、それも楽しみです。

運転中、クレイグからの電話で、「今から日本に行きます」とのこと。

オフィスに戻ると、彼の親友のYさんからのメール。

さすが仲良しのおふたりは以心伝心していますね。

出たばかり(日本では10日発売)のサーフィンライフ誌が届いた。



ルーキー号で、知らないサーファーたちがぞろぞろと出てきた。

サーフィン界の将来はあなたたちにですよ、しっかりとやさしい気持ちで楽しくサーフして、波もシェアしてくださいね。

と、ふむふむやりながらペラペラとめくっていると、『今月のイチ押しブログ』という新企画があり、その第一回はなんと俺ブログだった!



「ふむー、ありがたや」とうなりながら読み、なるほど最近アクセス数が増えたのはこのページのせいだったのですね、と再び感謝する。

新しくこのブログに来られた方、これからもどうぞよろしくお願いします。

旅の情報、ノースハワイ島のいろいろ、そして楽しくサーフできるお手伝いをしますね。

今度はリリーさんからのメールで、「umi cafeに行ったら〜」という題で、俺のBD3が飾られてあったのでパシャリしてくれたのだそうです。

ヒグラシの鳴くBGMとBD3さま↓



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(おまけ)

何の意味をなさない文章=stop making sense


麺類が大好きです。
一番好きなのはうどんで、次に

そうめん

ネンミョン(冷麺)

マカロニ

葛切り

ひやむぎ

きしめん

エンジェルヘア

リングイネ

スパゲッティ

ミン(ベトナム)

ほうとう

沖縄すば(そば)

ラーメン

春雨

ビーフン

ファットチーネ

黒豆麺

ペンネ

フォー(ベトナム)

焼きそば

緑豆麺

ソバ

サイミン(ハワイのラーメン)

長崎ちゃんぽん

と順位が付いた。

この順は明日になったら入れ替わっているだろうという程度のもので、最下位の長崎チャンポンさんは気を落とさずにリンガーハットで胸を張って「餃子とのセット680円」となっていってください。

とにかく、何よりもうどんが好きで、例にもれず今日の昼食もうどんを食べた。

以前、カリフォルニアにいるときはアルバイトたちにうどんを振る舞って好評を博し、「うどん大王」としての自信をつけた。

調子に乗って、年月を重ねて作りつづけた結果、独創的なラー油すし酢うどんやタバスコ、アボカド、海苔海苔、ツナ納豆、胡麻ゴマ等のうどんコラボレーション伝説がこれまでに完成しました。

その際によく聞かれるのが
「うどんのおいしい作り方を教えてください」
ということです。

重要なのは、茹でている間はうどんから目を離さないこと。

さらには眼を血走らせ、うどんの一本一本が平均的に沸騰したお湯に絡まるように真剣に箸を使うのです。

これは10分間強の茹でるドラマだと思います。

これが稲庭うどんクラスになると、ゆで時間3分とあるので、その間は息をするのももどかしく忙しくなる。

うどんから離れるが、インスタント物で好きなのは「サッポロ一番しょうゆ味」で、この赤いパッケージの袋を見ると陶酔してしまう自分がいる。

これは茹でるお湯とスープのお湯を別にするのが「油抜き」の裏技で、麺から抜けた油分を補うべくバターをのせ、C級グルメを装ったフレンチ風とするのが白金台に住む奥さんたちがやっている手法と信じている。

「イトーヨーカドーの袋ラーメン17円」というのも大好きで、これには麺を茹でるときに一緒にベーコン2枚も入れる。

すると、ベーコンの風味が麺にまとわりつき、怪しくワハハ味のラーメンとなりますので一度お試しを。

「四角くって食べやすい」がキャッチフレーズの『ペヤングソース焼きそば』も大好きだ。

これは三橋三智也さんの宣伝する「激めん」、そして九州とんこつの「うまかめん」と、当時(中学生、1978年)通っていた釣り堀のストーブの横で、100円ゲーム機『ギャラガ』、または『ムーン・クレスタ』のデモ画面を見ながら3品同時に食べるのが俺の生きがいだった。

その時、横でペヤングを食べていた俺の釣り友が「この焼きそばいつ食べてもホントマジー(まずいの意)よな、お前なんでこんなの好きなの?」と聞いてきた。

「?」

と、彼のペヤング容器をのぞき込むと、どうやら麺にソースがかかっていないようなので、「お前なー、ソースかけないとまずいぞ」と正すと、ソースはかけたと言う。

「でもなんでそんなにメンが白いんだよ?」と聞くと、

「しらねーよ」と一言。

貧乏だった俺たちにとって、このカップ麺は釣り堀の魚のポイントを集めて購入した大事な土曜日の午後の食料だ。

どんなことをしても捨てるわけにはいかない彼は、そのかなりまずいであろう「味なし麺」を一心に喰っている。

で、少ししてから気づいた。

「おい、お前もしかしたらお湯を入れる前にソースいれたべ?」と俺。

「悪いかよ...」

これで彼の焼きそばがなぜまずいかを知った。

そいつは恥ずかしいのか、または悔しいのか、俺の前で2度とペヤングを頼むことはなく、カップヌードル・カレー味と赤いきつね専となった。

あれから30年、彼はまだペヤングを食べていないのだろうか?
 新刊のサーフ雑誌がカリフォルニア州、ダナポイント市より届いた。

 世界中のさまざまな波の写真を見て、これはラグスライト、このフェイスはきっとあそこなのだろうと推測しながらページをめくった。

 写真の波に滑走する自分を重ねて体に受ける飛沫、浅い珊瑚礁、斜面に反射する太陽のきらめきを想像する。

 なんとも楽しい瞬間なのだろう。

 これを感じたいがために俺はさまざまな場所に行き、それぞれの波に乗ってきた。

 印刷された波を見ながら記憶をふくらませていく。

 記憶波をモチーフに空想を続け、想像の海で永遠の夕陽を迎えた。

 この想像度の精度が高ければ高いほど、サーファーとしては一流であるとも言える。

 中世最大の詩人とされるフランソワ・ヴィヨン(François Villon、1431年-1463年以降頃)を山之口洋訳で読んだ。

 「いま、この瞬間、おれは一人だ。おれは自由だ。この下劣な、くそいまいましい世界は、おれと何の関係もない。おれは、この世界の《外》にいて、おもちゃのように世界を手にとってながめる」

 この言葉を読みながら波に乗る自分を想像して、「似ているなあ」と反射的に思い、ヴィヨンと自分を重ねて深い息を吐いた。

 写真で見る美しい波の実際は、強く、重厚で、切っ先鋭く、それに相対する俺はいつも真剣勝負であり、こういう時の波乗りは武士や戦士の気持ちがよくわかるほど恐ろしい。

 反対に恐ろしいはずの波の進行方向を解き、柔らかく滑ることができたときは、この世界がヴィヨンの書いたようにーー世界がおもちゃに感じられるほどーー優雅で楽しくなる。

 風が海の上に作りだした『波』という芸術品。その上を滑走する遊び、言葉にすると単純なのだが、その世界には、膨大な数の幻想や妄想、神話と伝説がつきまとう。


 不安定な波の上を自身だけで滑走、浮遊するというフィジカルな感覚、自然と遊ぶ大らかさ、さらには優雅豊穣な色彩を味わい、または海からのパワーに畏怖深沈する、というさまざまなことを絡み合わせる時間。

 俺はそれらの体験をしっかりと心にしまいこみ、熟成させながら、時には引き出してその幸福を再び味わう。

 その日一番の波に乗り、ボードを操り、波から外れる。自分がそこにいる偶然と奇跡に感謝する。

 すばらしい波乗り体験と、その波の記憶は永年あなたの気持ちをたおやかに温めてくれ、永続的な快楽を与えてくれるでしょう。

 美しい遊びの傑作「波乗り」。それを求めて俺は今日も海に向かっている。

■(了、10-26-2007)
初出誌 BLUE 2007



©nakiphoto200804 @El Salvadorから届いた昨日の波です。

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プロフィール
名前:Naki 2009 または船木三秀
HP:NAKISURF
性別:男性
職業:専門職
趣味:海
自己紹介:
 11年暮らしたカリフォルニアからノースハワイ島に住みかえ、毎日クオリティの高い波で波乗りをしています。

 私は波乗り殉教者で、肩書きはプロサーファー、写真家、画家、ルポライター、デザイナーです。

 風が創ったさざ波が合わさり、遠くの洋(うみ)から陽の下、夜の中を駈けてきたうねりに乗る、というような気持ちで波に接している。
 その欲求と探求心は飽くことがないようで、小さい頃からの夢であった世界の海を旅し、自分なりのアウトプットを続けています。

 波を知ることは海を知ること。その深遠無限のインスピレーションを感じ、ゆらゆらと絡まった日々をこのブログで綴れたらなあ、と。

 そんな波乗りの奥深さ、その意識や感覚を文章、写真、絵で表現できたらと思っています。

 同業の方、同じ夢の方、海が好きな方、波乗りを愛する方、この場でお話しましょう。

 ありきたりの道具論に留まらないメッセージをみなさまと創ってみたいのです。

 また、カリフォルニア州、サンクレメンテ発のサーフショップ『NAKISURF.COM』も運営しております。

 こちらは長年培ったサーフ業界のコネクションを活かし、世界で一番誇れるWEB STOREを目指しておりますので、どうぞご覧になってください!

ぜひ!

 どうぞよろしくお願いします。
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